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シン・タイムマシン

冷蔵庫編
 一見すると電子レンジのような形をした逆時間発生装置の扉を開き、明智博士愛用の高級腕時計を取り出した助手の小林くんは、時計の文字盤を確認してから、明智博士に腕時計を手渡した。時計の針は実験を開始した一時間前の時刻を示していた。
「博士、ついにやりましたね。」
「うむ。」
 明智博士が逆時間理論の着想を得たのは、わずか10歳のころだったという。それから70歳になる今日まで、博士は逆時間理論を応用したタイムマシンを完成するためにその生涯を捧げてきたのだ。
 そしてついに、博士が私財を投げ売って作り上げた逆時間発生装置は、一時間かけて、一時間の逆時間を発生させることに成功したのである。だが、明智博士の表情は暗かった。
「この発明は人類にとってなにかの役に立つのだろうか。」
「何をいうんです博士。これは歴史的な大発明じゃないですか。」
小林くんは努めて明るくそういったが、博士は黙ったままなにか思い詰めた様子で、独り研究室に閉じこもってしまった。
 博士は研究の疲れで少し鬱状態になっているのだ。小林くんは思った。しかし実際のところ、この発明はいったい何かの役に立つのだろうか。改めてそう考えたとき、小林くんの脳裏にある考えが閃いた。
「博士!私に任せてください。」小林くんは研究室のドア越しに叫んだ。

 一年後、ある家電メーカーから画期的な新製品が発売された。シン・レイゾウコと呼ばれるその製品は、従来の冷蔵庫とは根本的に保存方法が異なっており、キンキンに冷えたビールはキンキンのまま、アツアツの味噌汁はアツアツのまま、何時間経っても、場合によっては何年経っても、入れた時と同じ状態で取り出すことが出来るのだった。
 それが小林くんが家電メーカーに持ち込んで製品化した、逆時間発生装置であることはいうまでもないだろう。(つづく)
(2020年5月ssgへ投稿したものに加筆修正)


洗濯機編
 シン・レイゾウコの売上から得た利益を全額つぎ込んで、明智博士と助手の小林くんは逆時間増幅装置の開発に成功した。逆時間増幅装置は逆時間の流れを増幅することで、時間が過去へ遡ることを可能にする。また0を越えて減衰させることによって、未来への移動も理論上は可能になるはずであった。しかしそのためには膨大なエネルギーが必要であり、博士はその問題を小型の原子炉によって解決したのである。
「私はついに悪魔に魂を売り渡してしまったのかもしれない。」
逆時間増幅装置を取り付けた逆時間発生装置から取り出した博士の高級腕時計は、実験を開始した一時間前から更に一時間遡った時刻を示していた。
「博士、この装置も私にまかせてもらえませんか。」研究の疲れか小林くんは少しやつれたようである。
「しかし小林くん、この装置にはまだ解決しなくてはならない問題が。」
「私がなんとかします。」
小林くんは逆時間増幅装置の開発費用の不足分を、シン・レイゾウコを発売したメーカーから出資してもらっていることを博士には黙っていた。出資の条件は逆時間増幅装置の製品化であった。タイムマシン開発のためには、小林くんはその条件を受け入れざるを得なかったのだ。

 一年後、逆時間増幅機能付きシン・レイゾウコがシン・センタクキとして発売された。使い方は簡単である。夜に脱いだ衣類をシン・センタクキに放り込んでおくだけで、翌朝には汚れる前の状態に戻っている。乾燥する手間もかからない。その上何回着ても新品のままなのだ。発売にあたっては、当然衣料品メーカーと洗剤メーカーからかなり強い反発があったが、ビジネスに情けは無用であった。(つづく)
(2020年5月ssgへ投稿したものに加筆修正)

完成編
 シン・センタクキには一つ問題があった。逆時間増幅装置の動力源であるカセット式原子炉は、使用頻度にもよるがおおむね三年で新しいカセットに交換する必要があり、メーカーに回収されることになっていたのだが、その使用済み核燃料の処理方法が未解決のままだったのだ。明智博士が指摘した問題もここにあったの。
 小林くんとメーカーの開発チームは、回収したカセットをそのまま大型のシン・センタクキによって再生する方法を研究していた。しかしカセットを再生するために必要な核燃料は、再生する核燃料とほぼ同量でプラスマイナス0となり、どうしてもその壁を超えることが出来なかったのだ。
 結局、処理方法は未解決のまま、シン・センタクキから取り外されたカセット式原子炉の回収が始まってしまった。 
「明智博士申し訳ありません。私が軽率でした。」
「ここまでやってこれたのも君のおかげだ小林くん。君には感謝しているよ。」
このままでは博士の生涯をかけたタイムマシン開発も頓挫してしまうかもしれない。小林くんは唇を噛み締めた。
 その時である。ピコピコピコカララガッシャン。博士の研究室にある電子レンジタイプの逆時間発生装置から自動販売機から缶ジュースがでてくる時のような音がした。
 小林くんが逆時間発生装置の扉を開けると、その中には[タイムマシンは100年後に完成する。小林より]と黒いマジックで殴り書きされ、再生済みとシールの貼られたカセット式原子炉がひとつ入っていた。
 これは確かに自分の筆跡だ。小林くんは思った。しかし100年後とはどういうことだろう?そしてこの再生済みのカセットは?
 未来は謎のままだった。しかし自分の言葉を信じて今出来ることをやるしかない。小林くんは自分にそういい聞かせ、生涯を研究に捧げることを決意した。
 明智博士はそれから数年後、研究中に意識を失い、タイムマシンの完成を見ることなく帰らぬ人となった。(完)
(2020年5月ssgへ投稿したものに加筆修正)

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