15.先生、毒薬を一服盛ってください 名医の処方
約三百年前のことではないこと。
後藤艮山という漢方の名医がいた。
十二時も過ぎたある真夜中、一人の女性が訪ねてきた。
“よろず屋”の嫁女である。
「先生、一生のお願いです。毒薬を一服盛ってください」
ただならぬようすだ。
「なにに使うのか」
「お母さん(姑)に死んでもらうのです」
“よろず屋”の、嫁と姑の犬猿の仲は評判だった。
よく心得ていた艮山は、断ったら嫁が自害する、と見てとった。
「よし、わかった」
しばらくして艮山は、三十包の薬を渡し、神妙にこう言った。
「一服で殺しては、あなたがやったとすぐバレる。あなたは磔、私も打ち首。
そこで相談だが、この三十包、毎晩一服ずつ飲ませるのだ。
三十日目にコロリと死ぬように調合した」
喜んで帰りかける嫁女に、艮山先生、なおもこう諭す。
「わずか三十日の辛抱だ。お母さんの好きなものを食べさせ、やさしい言葉をかけ、手足をよくもんであげなさい」
翌晩から嫁女は、言われたとおりを実践した。
一ヵ月目の夜、いつものようにもみ終わると、ツトお姑めさんが立ち上がり、驚く彼女に両手をついて、こう言った。
「今日はあなたに、あやまらねばならないことがある。
今まできつくあたってきたのは、代々続いた、この“よろず屋”の家風を、はやく身につけてもらうためであった。
それがこの一ヵ月、あなたは見違えるように生まれ変わった。
よく気がつくようになってくれた。もう言うことはありません。
今日かぎり、一切をあなたに任せて、私は隠退します」
己の心得違いを強く後悔し、艮山先生へ駆けこんだ彼女は、
「先生、一生のお願いでございます。毒消しの薬を、はやく、はやく、作ってください」
涙ながらに、両手をついてたのむ嫁女に、艮山先生、大笑い。
「心配ないよ。あれは、ただのソバ粉だよ。ハッハッハッ」