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この3カ月の間に 父が亡くなり 母が認知症になった

もう10月
「今年も残り3カ月になりました」
という一文を目にして数えてみた。

父が亡くなってから3カ月が経っていた。
それからすぐに、母に認知症の診断が下った。

「レビー小体型認知症」
義父と同じタイプだった。

私は関東、母は北海道に住んでいる。
母の近くには兄が住んでいて
父がいなくなった実家に通って母の様子を見てくれている。

今のところ、意思疎通もできるし、自分の身の回りのこともできている。
元々綺麗好きなので、水回りなどの掃除も変わらずできている。

明らかにできなくなったのは、書類の整理や片付けだ。
四十九日の前後に私だけ帰省したときは、あらゆる書類がズラーーーーっとリビングから隣の和室に、足の踏み場もなく並べられてあった。

子どもたちの夏休みを利用して1週間滞在したが、母の病院へ付き添い、書類の片付けと公的書類の取り付け、司法書士への依頼、父の基礎年金の手続き、母が使わなくなった携帯の解約、でタイムオーバー
父の衣類や多すぎる食器など、多すぎる物の整理までは全くできなかった。実家あるある問題に突入である。

父がいない悲しみを感じるひまもなく、母のこれからのことに私が支配されていく感覚に陥っていった。

50を過ぎ、自分のこれからのことに意識を集中しようと思っていたのに。焦りもあり、元々母とは合わないこともあり、滞在の後半からは感情を出した言い合いになっていく。

認知症の診断が、この時にはまだ出ていないにしろ、夫を亡くしたばかりの女性に対して、今思えば私は大人げない態度だった。

けれども、母が私という娘に対して関心が薄かったんだな、と思われる態度が筒抜けで、虚しいやら悔しいやら、悲しいやら……


思い返せば、そんな夏からまだ3カ月しか経っていなかった。
もう1年も経ったような気がする。

それくらいに濃くて、何をすればよいか寝ても起きても考えて、
それでも自分を見失わないように必死な3カ月だった。


そしてしばらくは、この必死な感じは続くだろう。
このモヤモヤ、この焦燥感、この孤独な感じ
手帳に書き留めても足りなすぎる
こういう時こそここだ と思い書いている。

不定期になると思うけれど、コツコツ思いのままに書いていきたい。同年代の方、レビー小体型認知症の家族がいる方、母親との関係に悩まれている方、特によろしくお願いいたします。


【おことわり】
書くことで癒される、落ち着く、明日もまたがんばろうと思える
そんな内容にしたいけれども
母とのことは 残念ながら美しい母娘関係を書けません。

ご両親と良好な関係で、育ての親のことを悪く書いた文章を受け付けない方には不向きな内容も多いと思うので、予めご了承ください。




家族の大切さと儚さ 親への感謝と許せない気持ち 相反する現実にモヤモヤ…このどうしようもない気持ちを書くことで整理して 同じような経験をされてきた あるいはされている人たちと分かちあえたら。いただいたサポートは書くための活動費に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。