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妊活日和#24

2020年8月。妊活開始から24ヶ月目。

いつもより出血量の多い生理が終わり、2回目の胚盤胞移植へと向かう。

次の移植に向けて、何か前向きに取り組めることはないか。

いろいろ考えてはみるものの、やはりまだ、流産したことを受け入れる時間を要するのか、仕事から帰っては手術の日からいまだ消えずに残る点滴痕をボーっと眺める日々が続いていた。

移植前日に、職場の同僚が熱を出して休んだ。その同僚の仕事を知っていて補えるのが私しかいなかったため、私はその日の自分の仕事をこなしつつ、同僚の仕事も何とかカバーしていた。そして少し残業をしてやっと仕事を終えて帰ろうとする時、上司から申し訳なさそうに、明日も出勤してほしい旨を伝えられた。明日はシフト上も休日だし、午前中には移植が行われる。上司には以前に不妊治療のため通院していることは伝えてはいたが、私の治療がどの段階まで進んでいるかの詳細は伝えていなかった。ましてや、男性上司で、その上司が同僚と新婚ホヤホヤなこんな時に、高度不妊治療について相談することなんて、なんだか不謹慎なのではと、気後れすらした。

上司にはとりあえず、午前中に予定がある旨を伝え、妥協案として早朝出勤してその同僚の仕事をカバーできたら、8時間と言わず3~4時間以内には仕事を切り上げて帰らせてほしい、と伝えた。上司は理解を示し、この案でOKをもらった。


そういう事情があり、2回目の移植当日は、朝5時前に出勤して、仕事を急いで片付けなければいけなくなった。急に予定が狂ったもので、脳と体が緊張状態になったせいか、夜はあまり眠れないまま朝を迎えた。早朝4時に起床。職場に向かった。



職場へは徒歩で通っている。まだ暗い夜明け前の道を歩いていると、なんだか虚しくなってきた。


「私は何をやっているんだろう。もう、仕事は十分頑張ってきたはず。これからは、夫や、きっといつか出会えるはずの私たちの子どものために時間充実させたいのに。朝から何してんだろう。」


報われるのかどうかわからない毎日に、少しづつ不安が自分を追い込んでいるのを、この件ではっきりと自覚した。



朝9時。無事、やるべき仕事を終えて急いで病院へと向かった。そしてなんとか受付時間にギリギリ間に合った。



「今回の胚盤胞もいい状態ですよ」


診察室では移植前の解凍・ハッチング処理を済ませた胚盤胞が画面に映っていた。前回よりは少し勢いのない、ややおとなしい感じの胚盤胞だなと思った。
移植の処置自体は3分程度であっけなく終わった。あとは、10日後に妊娠反応が出るかどうかを待つのみである。



移植後は、いつもよりまともに寝てない状態で仕事をしたり、病院へ急いだりしたせいか、へとへとに疲れてしまっていた。帰宅してもなかなか食欲も湧かず、結局パタリとベッドへ倒れ込むことしか出来なかった。



そして、10日後の判定日までの経過については、前回の陽性反応が出た時ほど辛い妊娠初期症状がなかった。あっても少しの眠気くらいで、体温も高温期のはずなのに全然高くなく、それ以外はいつも生理が来る前のような症状(頭痛が主)ばかりだった。
今回はおそらく陰性だろう。なんの手ごたえも感じない。受診日当日を迎えるのがなんだか、死刑宣告でも受けに行くかのような心持ちになってしまった。

そこで自分を病院へと奮い立ち上がらせるためにと思いついたのが、受診後は昔通っていたおいしいカフェに行ってパスタとケーキを久しぶりに食べに行く、というアクションだった。ここ4〜5ヶ月は甘い食べ物を一切経っていた自分だが、結果が悪いと予想しながらも病院へ行かなければならないこのジレンマに打ち勝つには、その日くらい自分を甘やかせてもバチは当たらないはず。要するに、自分のご機嫌は自分で取ろう作戦である。


病院受診の当日はシフトが早番だった。1時間早退して病院へ向かった。病院へ向かう最中も、前回は運転中も眠くてしょうがなかったのに、今日はBGMで流していたノリのいい音楽も歌いながら運転できるくらい調子が良かった。

採血を済ませ、1時間後に結果が分かる。

この待っている1時間も無駄にしたくなかったので、流産の手術の時と同様、前日にNetflixで見たかった映画をダウンロードしておいた。おかげで、充実した待ち時間になったし、これから待ち受けているであろう死刑宣告のことも考えずに済んだ。


「23番のかた~、23番のかた~。2番診察室にお入りください。」

先生から番号が呼ばれる。番号が2回呼ばれるなんて、この病院を受診して初めてだなと思った。そして、先生の声もいつもより暗い。

「あ~これはダメな結果を言うときのやつだ。」

瞬時に察知した。

諦めた気持ちで診察室へ入ると、


「う~ん。着床してますよ。」

「え!そうなんですか?!」


思わず驚きが漏れてしまった。

「数値もね~。すごくいい値だね。」


前回はそんなこと言われなかった。あまりにも意外過ぎる結果で自分でも信じられなかった。期待してなかった分、拍子抜けしてしまった。そして、妊娠が分かったこの瞬間に、なぜか吐き気がした。つわりなのか、緊張が急に解けて体調に異変が出たのかよくわからない。不思議。。
次は2週間後に胎嚢の確認とのこと。支払いを済ませ、予定していたカフェへ向かった。
結果は悪くなかったが、一度冷静にこの状況を頭の中で整理するために、カフェへ行くことにした。


4年ぶりに訪れる懐かしのカフェに着き、いつも頼んでいたパスタとケーキを注文した。パスタが来るまで、しばらくボーっと窓の外を眺めていた。

前回の妊娠反応陽性の時は、すぐに夫に連絡したが、今回はやめておこうと思った。前回のこともあるから、まだ諸手を上げて喜ぶような気持にはならなかった。帰宅してから、落ち着いて話そうと思った。


4年ぶりのカフェから見た外の景色は何も変わっていなかった。

でも、私はこの4年間で着実に変わった。外見的な意味でもそうだし、内面的な意味でもそうだ。歳を重ねて、顔は少し表情筋が硬くなったし、心も少し強靭になっているような気がした。でも、不思議とそれを悲しいと思わなかった。歳を重ねる、という意味を少しだけ理解したような気がした。
不妊治療を経験していることも、きっと、私を良い意味で歳を重ねるための手助けになっているのかもしれない。


パスタを頬張りながら、ちょっとだけ自分を労っていた。


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