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『ふれられるよ今は、君のことを』(橋本紡 文藝春秋)


まずは橋本紡さんの『ふれられるよ今は、君のことを』。

淡々と毎日を過ごしてきた中学教師が、不思議な運命にある恋人と出会い、自分の殻を脱ぎ捨てていく物語だ。

待てといふに 散らでしとまる ものならば なにを桜に 思ひまさまし

作中に出てくる古今和歌集の一首が耳に残る。

自分を守る壁の扉を開いた存在への焦がれるような希求を胸に秘めながらも、別れの痛みを未来に見ながらも、今そこにある瞬間の幸福に満たされようとする主人公の心情は、最後には覚悟を伴ったものになる。

主人公は言う。手を伸ばさずにいれば何も得られない。得なければ失うこともない。でも私たちには他者が必要なのだと。

出会いと別れの季節に、そっと差し出したくなる一作。


(小学館きらら寄稿分より抜粋 ずいぶん昔のもの)
『ふれられるよ今は、君のことを』(橋本紡 文藝春秋)

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