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自己満足と自己陶酔をすら感じさせる、実務派官房長官に支えられた蜃気楼政治──御厨貴『安倍政権は本当に強いのか』

「つまりは壮大なる蜃気楼政治。不況にしろ時代の閉塞にしろ、これまであまりに暗く苦しかったから、みんなしばらくはいい夢を見たい」

御厨さんの見立てによる安倍政権の実態です。強引な手法が目立つにもかかわらず反対の動きが大きなうねりにならないひとつの要因にはこのような気分が巷間にあふれているからでしょう。それに加えて安倍政権は「マスコミも自在にコントロールし」、この雰囲気作りに加担させているように思えます。

なぜ安倍政権が強いように思えるのか、御厨さんはそれを経済政策を全面に打ち出していることに求めています。景気回復は誰もが望むことではあります。ですから経済政策を掲げたことは「雰囲気づくり、ムードづくりという意味では大成功でした。最初のスタートでうまかったのは、すぐには成果がはっきり出ない経済で勝負に出たところです」。
そしてそれは「まだ次がある、まだつぎがある」と手品のように「次」を期待させ「将来に向けた可能性」を訴え」ることができるものだったものでもありました。漠とした期待感、それがいまのアベノミクス(安倍政権)を支えているものなのだと分析しています。もっとも、御厨さんは地方の実情から「「三本の矢」の成長戦略はうまくいっているようには見えません」とはっきり断じていますが……。

経済を離れると安倍政権の本質がよりはっきり出てきます。
「経済のように手品が利かない復興や震災の話には、安倍さんの関心はさほど向きません。目の前には原発事故の処理の問題がある。原発再稼働も進んでいる。(略)復興については「粛々とやっている」という答えしか返ってきません。それ以上でもそれ以下でもない。遅れているところはますます遅れているし、復興しているところは一応復興したし、帰れない町は帰れない町でもう決まっている。そういうところでストップし、全体としての復興像が描けていません」
漠たる期待感の実態はこのようなものなのかもしれません。

安倍さんの強引さはこんなところにもあらわれています。
「官邸ですべてを動かすため、実は国会も安倍さんの意識の中にあまり入ってこない。しかも安倍さんは国会での議論が好きでないように見えます。つまり「熟議を尽くす」ことへの熱意が感じられません。議論が煮詰まると「見解の相違」で済ませてしまい、いざとなったら数にモノを言わせて押さえ込むことができる状況にあります」
議会の機能不全、与党大勝により行政権力を補完することになっているのが今の国会の姿ではないでしょうか。言論を闘わす場であるはずの議場が閣議決定を追認する場になっているように思えます。

この肥大化した行政権力を行使して安倍政権はどこへむかっていくのでしょうか。
「幻想の日本。アベノミクスの行く末さえわかりません。「日本が元気になる。まだ道半ば」とばかり言っているだけで、ではゴールインしたらどうなるのか。「憲法を改正する。そして強い日本にする」と安倍さんは言います。しかし、憲法改正の先に本当に強固な日本の国家像を描いているのかといえば、やはり大いに疑問です。そういう意味でも、安倍さんの長期構想は、この国をどこにどう持っていくのか判然としないのです」
ここにも蜃気楼のような安倍政治の実態があらわれています。

なぜこのような政権が生まれたのか。そこには小泉純一郎元首相と小沢一郎さんの影が浮かび上がってきます。
「小沢一郎が望んだのは、明らかに政権交代による長期にわたる自民党の野党化」であり他方「小泉純一郎が推し進めたのは、「抵抗勢力」としての自民党崩壊の契機をつくりだし、官邸主導による「劇場型政治」推進への転換を図ることでした」
けれど「そのどちらもが中途半端なまま、消えていきました」
そして続いたのは1年ごとの首相交代劇。この分析には「御厨講談政治学」の面目躍如たる姿があらわれています。

「六年間、一年ごとの総理で飽き飽きした国民は、アベノミクス効果を自ら実感できなくても「何となくうまくいっている感」があれば、ある種の高揚感に包まれます。「決められる政治になった」という掛け声で、から元気でも元気が出ます」
実務派官房長官に支えられた蜃気楼政治、そこには自己陶酔にも似た自己満足の政治しかうかがわれません。
「安倍政権は次から次へと蜃気楼を見せるためのテーマを今後もぶち上げ続けなければならないことになります」
御厨さんが記したこのような予言は実現されないことを願い、行動するしかないのかもしれません。必要なのは「今の地位や位置が大事だから小異を捨てて大同につく」ことで弱体化した自民党に習うことではなく、あえて小異を大事にし、論議を尽くすという当たり前の民主主義の原則にもどることなのかもしれません。

書誌:
書 名 安倍政権は本当に強いのか 盤石ゆえに脆い政権運営の正体
著 者 御厨貴
出版社 PHP研究所
初 版 2015年2月27日
レビュアー近況:恐れ多くも非常勤で大学の講義も担当する野中ですが、週末に昨年度の教え子たちと再会しました。現在彼らは4回生。就職活動やら大学院入試やら卒業制作着手やら、大変な時期。そんなときに半期ちょっと関わっただけの輩に会いに来てくれるのは、大変嬉しいこと。みんな、頑張れ〜。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.05.18
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3518

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