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この人の反骨には諧謔精神だけではなく日本を荒廃させた日本人への怒りが入っているのです──宮武外骨『アメリカ様』

反骨で硬骨な、でも武骨ではない外骨という稀代のジャーナリストが戦後直後に発表したコラム集とでもいうものです。戦前から幾たびも筆禍事件を起こしたり、発禁処分を受けたりと不本意な弾圧で筆を折らざるを得なかった宮武さんが満を持して(!?)世に問うた快作です。

序からしてその言説のスピードが全開とでもいうしかありません。
「官僚や財閥と苟合して無謀の野心を起した軍閥、その軍閥が我国を亡ぼしたのであるが、今日の結果から云えば、この敗戦が我日本国の大なる幸福であり我々国民の大なる仕合せであった。もしも(万一にも)こちらが勝ったのであるならば、軍閥は大々的に威張り、官僚や財閥までも共に威張り、封建的思想のますます我々国民を迫害し、驕傲の振舞、憎々しい態度、肩で風切り、反身になって、サアベルをがちゃつかせるに相違ない。その上、重税を課し、兵役を増し、軍備を倍加し、以て八紘一宇とやらの野心をつッぱり、侵略主義の領土拡大を策するなどで、我々国民はどんなに苦しめられるか知れない」

強烈な諷刺は戦時中の国民の姿にも容赦はありません。
「軍閥が悪いと云うても、その軍閥を跋扈せしめたのは国民である。官僚や財閥のほかに、多くの国民が漸次軍閥の悪を増長せしめたのである」
もちろん権力におもねったメディアや宗教人へも容赦がありません。批判の舌鋒は鋭く、その徹底ぶりは他の追随を許しません。

外骨さんは〝強い日本〟のもたらした悪を徹底的に追求していきます。あらゆる権威を疑い、権力の傲慢さを許さず、「官僚の奴隷たる論客の愚説」、そこにひそむ偽善を見逃しません。「恩を知らぬ奴、恩を忘れる奴の末路は、人も国もおなじであるぞ」と。

その大日本帝国を破ったアメリカを〝アメリカ様〟と呼ぶ外骨さんの真意はどこにあるのでしょうか。
『滑稽新聞』『頓智協会雑誌』を刊行した外骨さんは、もちろん今の日本のように対米従属にひた走っているわけではありません。

〝アメリカ様〟という呼称には外骨さんの諧謔精神だけではなく日本を荒廃させた日本人への怒りが入っているのです。
「軍人政治の害を説いた福地桜痴」や、「奴隷根性を罵った民主的学者」の先駆者・福沢諭吉と、外骨さんは日本にもかつてはあったはずの〝コモンセンス〟に思いをはせているように思えるのです。苦いまでのユーモアとともにその先駆者たちの思想を失ってしまった戦前の日本人、その惨めさをも感じているのではないでしょうか。

この本では「昭和時代に流行した新しい言葉」で「明治時代、大正時代の辞典には無い新語」として多くの言葉が上げられています。たとえば
「途上禁煙」「産業戦士」「自爆」「銃後」「総動員法」「滅私奉公」「横流し」「協調」「新日本の再建」……「後年になって、これらの中の一語だけを取り出してみても、立派な話題、畏ろしい談柄、怒るべく、驚くべく、笑うべき事などがあろう」と……。

笑いながら読み終わるとふと考えてしまいます。〝アメリカ様〟の顔色ばかりを気にしている今の日本は、外骨さんのいう「敗戦が我日本国の大なる幸福であり我々国民の大なる仕合せ」である姿の延長なのだろうかと。
いや、むしろ「万が一勝った日本」の姿ではないかと……。
思い返してみれば、なにしろ
「重税を課し、兵役を増し、軍備を倍加し、以て八紘一宇とやらの野心をつッぱり、侵略主義の領土拡大を策するなどで、我々国民はどんなに苦しめられるか知れない」
それが外骨さんが恐れた勝利した日本の姿だったのですから。
今の日本のありさまを外骨さんが見たらきっとこう言うに違いありません。
「やや、大日本帝国は不滅だったのかあ。あの敗戦はみせかけだったのだ!」
そして今の日本の安倍政権に果敢な闘争を挑むことになると思います。
「安保だと!? あんぽんたんじゃろ、お前たちは! 何度くり返せば懲りるんだっ」
とでもいいながら。

書誌:
書 名 アメリカ様
著 者 宮武外骨
出版社 筑摩書房
初 版 2014年2月10日
レビュアー近況:台風が四国に近づいています。東京音羽も時折強い雨と風が。どうぞ皆さまお気を付けを。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.07.16
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3754

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