巨大なモラル・ハザードのなかに巻き込まれてしまっている日本──小熊英二 赤坂憲雄他『ゴーストタウンから死者は出ない 東北復興の経路依存』
小熊さんのラディカルな問いからこの本は始められます。
「それで、がれきを片付けたあと、どうするつもりなんですか」と。「がれきを片付けたところで、産業がなければ、人口が流出してゴーストタウンになるだけだと思ったからである」
三・一一から4年半、被災地がどうなっているのか、復興は進んでいるのか、またはどのような復興が行われており、それがどのような未来をもたらすことなるのかを追求した論集がこの本です。
小熊さん言う経路依存とはなんでしょうか。
「経路依存とは、過去の制度や政策決定が硬直し、状況の変化に不適合になっているにもかかわらず、柔軟な対応ができない状態をさす」ことです。この経路依存は東日本大震災で生じたことではありません。すでに阪神淡路大震災の神戸であらわれていました。
「災害とは、自然現象と社会的要因の関数である。自然現象があっても、適切な社会的対応があれば、災害の規模は小さくなる。神戸の状況は、公共事業を中心としていた災害対策スキームが適合しなかったために、より悪化した」
神戸の復興はなったのでしょうか。「町並みの復興だけは進んだ」けれど、必ずしもそうとは言えません。
それから20年、「日本経済は疲弊しており、三陸沿岸は神戸より過疎化と高齢化が著しい。このままでは公共事業によるコンクリートで覆われたゴーストタウンが出現しかねない」状況に置かれています。
これは日本の災害復興計画が「中央政府から地方公共団体に補助金が流れれば、それが自治会や会社や農協を通じ、最終的に個々人に届くという前提である」ことから一歩も抜け出していないことから生じています。このトリクルダウン式は災害復興についてばかりではありません。小熊さんが言うように「日本社会全体が依存していた」、いや今もしている方法なのです。
「行政主導で強行しないと復興が遅れ、人口流出がひどくなるという意見もある。しかし、まさにそのやり方が、復興遅延と人口流出を激化させている現実を直視すべきだ。行政が豊富な財政力をもとにすべてを決定できた時代、あるいは行政が自治会長などとだけ合意すれば全住民が従っていた時代とは、もはやちがうのだ」
私たちが今行うべきことは「被災者の直接支援であるべきだ。この原理をベースに、制度全体を再検討するべきである。生活支援のみならず、復興事業もこの原理を加味して、再検討していく」ことなのだと思います。
直接支援はどうなっているのでしょう……、被災者生活支援法と、災害弔慰金、「その二つの支給総額は、復興関連で用意された二六兆円のうち、わずか一・三%です。それもまとまった金額ではないので、当座の資金のために使われ、生活再建の基盤づくりにまでならないことも多い」のです。
「復興とは何よりも、住民の生きる意欲の回復だ。復興事業は、それを助けるべきだ。かつてはその手段がインフラ整備だったとしても、現代はそうではない。そしてその発想の転換は、被災地のみならず、現代日本に何よりも必要なものなのだ」
この姿はなぜうまれてきたのでしょう。乱暴に言えばかつての高度成長期はインフラ整備が産業を牽引してきた部分があったのです。不幸な災害も、それに負けずにそれをバネにすることもできたのです。
もはやその時代は終わりました。国土強靱化がインフラ整備主導による産業の育成であるならそれは日本全国に、地方だけではなく都市にもコンクリートだらけのゴーストタウンを生むことになるのではないでしょうか。
さらに福島では、
「加害者のつくったシナリオや基準によって賠償が行われて、被災者の基準というものが無視されている」(市村さん)
「いま国は、自己責任で帰ってもいいという言い方を始めています。そのうち帰村すれば支援するという枠さえ外して、帰村を選ぼうが選ぶまいが、もう支援は打ち切りだということになるかもしれません」(赤阪さん)
というような事態をむかえかねません。
「いわば日本社会はいま、巨大なモラル・ハザードのなかに巻き込まれてしまっている。その始まりは、やはり、福島の事故だったんだと僕は思います。様々な情報は隠蔽され、ごまかされて、「アンダーコントロール」とかいう訳のわからない言葉が国家のトップリーダーよって語られて、それが大した批判も受けずにへいきで流通してしまう」
巨大防潮堤がその姿を被災地にその姿を現しました。海の見えない漁村というものが出現しようとしています。このような復興で「地域の自律性を損な」い「域内産業の衰退や従属、人口流出を招くこともある」事態を避けることはできるのでしょうか。守るべき人、保護すべき産業のない土地を守るようなことは避けなければならないと思います。
書誌:
書 名 ゴーストタウンから死者は出ない 東北復興の経路依存
著 者 小熊英二 赤坂憲雄 三浦友幸 谷下雅義 宮崎雅人 市村高志 除本理史 茅野恆秀 菅野拓 黒崎浩行
出版社 人文書院
初 版 2015年7月20日
レビュアー近況:CSで『YAWARA!』を観ていますが、tofubeatsさんのCDジャケットの絵は、江口寿史さんよりこの頃の浦沢直樹さんに近いことに気付きました。
[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.15
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4265
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