映画とは異なり、自らの意志をもち歩き始めた女性の姿がくっきりと描かれているのではないでしょうか──バーナード・ショー『ピグマリオン』
ある激しい雨が降り注ぐ夏の夜、ロンドンの下町の花売り娘イライザは、偶然、音声学の天才である言語学者ヒギンズと出会うことから物語は始まります。翌日ヒギンズの家を訪ねたイライザは彼から上流階級で通じる話し方を習おうとするのです、といえばおわかりのように舞台・映画『マイ・フェア・レディ』の原案になった戯曲です。ブロードウェイの初演ではジュリー・アンドリュース、映画ではオードリー・ヘップバーンがイライザを演じていました。
原案といったのは、エンディングが映画では舞台と異なっているからです。映画ではイライザがヒギンズの元へと戻ることが暗示されていますが、『ピグマリオン』ではヒギンズを残してイライザは去って行きます。そしてご丁寧にもショーは「後日譚」を書いてその後の登場人物たちの生活を伝えているのです。
登場人物のひとりネポマックの台詞に
「完璧すぎるのです。イギリス人で、英語を完璧に、申し分なく話す女性がいますか? 話し方を教わって身につけた外国人だけが上手に話すんです」
というのがありますが、ここからもわかるようにショーには徹底したといえるほどのシニカルな視点があります。
言葉、仕草を身につければ誰でもが上流階級の人間に見える(なれる)。しかも、完璧な英語は英国人には話せないのではないかと……。
といってもこの作品は英国社会、上流階級への風刺だけではありません。イライザが持っている、自分の人生を自分で作ろうという意志の強さ、たくましさをも描いているのだと思います。
造物主(=ピグマリオン)としてのヒギンズ、けれど彼がつくり出さしたのは彼の手から離れて自立し、自らの意志をもち歩き始めた女性でした。この女性像にはショーの理念が込められているのだと思います。
そして、ここにはフェビアン協会に属したり、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの設立に加わったショーの社会活動家としての側面が反映されているように思いました。
『マイ・フェア・レディ』のハッピー・エンドではなく、よりリアリティのあるイライザの人生を、「後日譚」を含めてですがとても楽しめる一冊です。
翻訳も、訳者がつくったであろうイライザの訛りも抜群です。笑いながらもいろいろなことを考えさせてくれるものでした。
書誌:
書 名 ピグマリオン
著 者 バーナード・ショー
訳 者 小田島恒志
出版社 光文社
初 版 2013年11月20日
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[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.05.26
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