見出し画像

学びの空間のアップデート―愛光学園に行ってきました!

「て、本じゃん。本物の本じゃんけ」
「おら、初めて本にさわった。夢みてえじゃん」

NHK連続テレビ小説「花子とアン」第1回放送(2014)より

 父親が東京からの土産として持ち帰った「おやゆび姫」の絵本を、幼い花子が手にして喜ぶ場面です。本や学校に憧れを抱く花子は、第2回放送でも、教会の2階で書架に並んだ大量の書物に目を輝かせます。
かつて学校には未来がありました。
 近代教育が始まった頃、子どもたちの日常的な居住空間には、机も椅子もありませんでした。
 明治から大正にかけては、オルガンやピアノが学校空間に持ち込まれ、学校図書館が整備されていきますが、いずれも当時の子どもたちの大多数にとって、自宅で楽しむことができない憧れのアイテムでした。
学校空間には、きらきらした先進的な文化文明の匂いがただよっていて、だからこそ学校に行くということが憧れだったわけです。
 明治時代の子どもたちにとって、学校という空間は自分たちが暮らす生活空間とは別次元の世界であり、自分のために用意された机や椅子でたくさんの情報に思う存分にアクセスして学ぶことができる「未来」にほかならなかったわけです。
 ところが今や、ほとんどの学校空間には、まばゆい未来がありません。鉄筋コンクリート造の無機質な校舎も、教科書やノートも、明治時代の子どもたちが目を輝かせたような魅力を持ちにくくなっています。
 そんな時代に出現した「未来」が、愛光学園の新校舎です。

[左]高校教室棟のリング(一部)と[右]教員棟のリング(一部)

 本部棟、教員棟、中学教室棟、高校教室棟という2階建ての4つのリングから構成される主要施設だけでも、圧倒的なワクワク感でした。
典型的な学校建築との落差は、少なく見積もっても半世紀ぐらいは開いているのではないでしょうか。
 一部の大学や一部の私立中高一貫校などで始まっているこうした学びの空間のアップデートが、より多くの学校に広がることを願ってやみません。

 未来を担う子どもたちの学びの空間がワクワクする空間であって欲しいという願いは、果たしてぜいたく過ぎる願いなのでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?