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透明蝉の鳴くコロニー《事件編》

透明蝉の鳴くコロニー《事件編》
トウメイゼミノナクコロニー《コトクダンヘン》
              非おむろ


或る日の暮方の事である。モヒカンのオイラが、廃工場の庇の下で雨やみを待っていた。
「ふ~。」
土曜日。温泉旅館〝寅婆湯(とらばーゆ)〟までは、あと200m。オイラは都会の喧騒を忘れ野鳥観察に、はるばる岐阜県那比(なび)市〆丫(ぺけあ)区まで来たわけだ、徒歩で。

《バーバー! バーバー!》
特殊な蝉の声が、閑かだ。2021年12月23日──雨は止みそうにない。

一時間ほど廃工場で雨宿りをしたが、雨が止みそうに無いのでズブ濡れになりながらも走った。
「うおおおお!」
オイラは温泉旅館〝寅婆湯(とらばーゆ)〟へ到着した。
「コニチワ。女将ノ趙俟代(ちょう まてよ)デス。五十八歳、女、怪シクアリマセン。」
玄関で女将は土下座した。18:00丁度を、天井のホログラム鳩時計が姦しくオイラ等(ら)に示した。玄関でオイラと女将は政治の話を3時間程した。
「アライケナイ、モウコンナジカン!」
女将が土下座を解き、天を指差すと、21:00丁度を、天井のホログラム鳩時計が姦しくオイラ等(ら)に示した。
「客室ニ案内シマス!」
そこでオイラの意識は途切れた。


気が付くと、棺桶のようなものの中にいた。
「うわああああああああああああああ!」
オイラは蓋を跳ね上げた。なんだ、ロッカーか。ここはどこだ? ガソリンスタンドの中のようだ。ガソリンスタンドから出る。
朝日だ。ふと、左前に温泉旅館〝寅婆湯(とらばーゆ)〟が見える。右前には廃工場。
(※図を参照)

右から通行人が来た。美人だ。
「おはようございます。」
ものすごく、儚く消え入りそうな、儚げな表情をしていた。その女性の百入茶(ももしおちゃ)の腕時計は、06:30を指していた。
「おはようございます。貴女も、旅行ですか? オイラは野鳥観察を目的に旅をしており、怪しい者ではありません。」
オイラがそういうと、女性は答えた。
「おはようございます。わたくしは殺じ……じゃなかった、そう、わたくしも野鳥観察が目的です。」
「あはは、そうですか。しかしオイラ、なんか記憶がなくて、ははは。」
オイラ等は談笑しながら温泉旅館へ着いた。

女将・趙俟代はびちゃびちゃの玄関で沢山のおにぎりを客にふるまっていた。
趙「アラオハヨ!」
黄「おはようございます。オイラのこと覚えていますか? 黄罠欄(こう わならん)です。二十九歳、男、身長120cm、黒髪モヒカンの者です。普段はフォークリフトを操縦して生計を立てています。」
趙「アラ、ハツミミ!」
オイラはうっかり、初出情報を発声した。
一同「「「「あっはっはっはっは!!!!」」」」
黄「ちぇっ、うっかりしとったわ! 折角だから、皆様にも自己紹介をして欲しいな! なんか、それが自然な流れだしね!」
一同は、にこにこと自己紹介を始めた。

まずは、先程オイラと談笑しながら温泉旅館へ歩いた、錆鉄御納戸(さびてつおなんど)のパーカーに甕覗(かめのぞき)のロングスカートの、薄倖そうな美女から。
「わたくしはパルマコン人権(パルマコ ンじんけん)。一時期スタンガンの密造で襤褸儲けをした、パルマコ家の末裔ですわ。わたくしは、中華料理屋の非正規で糊口をしのいでおりますの。二十一歳、身長は180cmですわ。」
百入茶の腕時計が、雨にぽつりと濡れた。やがて、ざあざあと雨が降って来た。

次に、女将。
「アラタメマシテドウモ! 女将ノ趙俟代(ちょう まてよ)デス。五十八歳、女、怪シクアリマセン。」
220cmの女性で、自作の柔道着らしきものを着ている。帯の代わりに鎖を巻いており、左脚の裾に若干、血──跳ね方からして、返り血?──のようなものが付着しているのをオイラは見逃さなかった。

「あたい、金搬質(きむ ぱんち)!」
元気に自己紹介を初めたのは、亜麻色のポニーテールの美少女だ。
「あたいはね、某(なにがし)とかいう私立短大の人間生活学科で、学んでいるわ! 身長160cmの十八歳よ! そこのガソリンスタンドでアルバイトもしていて、この旅館にはよく泊まるの! ねー、女将さん!」
趙「ネー!」
オイラが閉じ込められていたガソリンスタンドでアルバイトをするのはいいが……そもそもここは北に露天風呂があり、西にこの温泉旅館、南にガソリンスタンド、東に廃工場があり、周囲は翌檜(あすなろ)の山で囲まれている。外界との出入りは東にある下りの石段のみ。ここのガソリンスタンドは車とは無縁だ。ということは、オイラもよくフォークリフト用で使うが、携行缶専門店……? まあいい、金(きむ)は安そうなツナギを着ていた。

最後に、角刈りの、筋肉質の男性。
「ぼく、田中太郎(でんちゅう ふとお)! 半導体を転売する会社の、専務! 身長は140cmで、四十二歳だよ! 熊の生まれ変わりだけど、毛深くなくてね、」
ン「確かに毛深くないですね。って、えっ、なんで全裸なんですか……?」

ン人権の言の葉に、凍てつく、玄関。

雨がいっそう烈しく降っており、おにぎりというおにぎりを冒涜している。

《バーバー! バーバー!》

朝夕にしか鳴かぬ特殊な蝉が、姦しい。

ン「そりゃ!」
ン人権はふとももに括り付けて隠し持っていたスタンガンを手に取り、田中の意識を刈り取った。
趙「金、宜シク!」
金は黙って頷いた。田中の肉体は金により引き摺られ、ガソリンスタンドの中へ。

三十分後。07:00。

蝉がいつの間にか鳴き止んでいた。雨は、霧雨に。
金「あ~あ、変態はロッカーに閉じ込めたぜ! ったく。」
場は再び玄関である。びちゃびちゃの中、全員が茶碗で麦茶を飲んでいる。
ン「そういえば女将、鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんは? 昨夜、ジャグリングをわたくし達に見せてくれた……。」
趙「オー、ソウイエバイマセンネ。手分ケシテ探シマショウ!」
(※図を参照)

三十分後。07:30。

鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんは学校図書館司書教諭の女性で、四十歳、身長200cm。ジャグリングの名手で、まさか露天風呂にて宇宙服を着ながら頭蓋骨を破壊されて発見されるとは思わなかった。
金「きゃあああああああああああああああああ!」
金はへたへたとへたりこんだ。

《ザシュッ……。》

雨はもう、止んでいた。もうもうと立ち罩(こ)める湯煙、血に染まった露天風呂、ぷかぷかと宇宙服の女性の亡骸が、湯の真ん中に……ん? 今の、ザシュッ、という音は何だ?
背後からの音だった。
振り返ると、丸坊主で、上は鎖帷子、下はスキー用のズボン──その上下は紫の蛍光色であった──の身長160cmの男がハングライダーで不時着していた。右手には、強力そうなボウガン。
「痛っててー! 不時着しちまったぜ。やあやあ、これは皆様。僕(やつがれ)は力〆厶(りきじめ ござい)。無職だが、怪しくないよ!」

ここは、陸の孤島、岐阜県那比(なび)市〆丫(ぺけあ)区──。

一体、一体誰が、鳥阿ゑZUさんを殺したっていうんだ……?


非おむろ「透明蝉の鳴くコロニー《事件編》」(小説)
2021/12/06(月)21:29~22:32


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