産業廃棄物に20年間携わってきた私が、ものづくりをはじめた経緯 その1
まずは簡単な自己紹介
はじめまして、ATARA(あたら)という「もったいない」原料を「余すことなく使う」商品ブランドを立ち上げた野村朋員です。
私はこれまで産業廃棄物処理に携わってきたのですが、そんな私がどうしてものづくりを始めたのか?また、それはどういった内容なのか?ということと、ブランド立上げで目指すこと、私たちが享受してきた便利な世の中とのギャップ等をお話ししていきたいと思っています。
簡単に自己紹介をしますと、大阪生まれ大阪育ちで2014年7月から岩手県で単身赴任生活を送っています。極力関西弁は封印しているつもりなのですが、おかしなイントネーションになっていることは自覚しています。
私の名前である朋員は、トモカズと読むのですが、小学校のころから一度で間違わずに呼んでもらったことはありません。。
一番ひどかったのは、原付免許を取得した時の免許証交付で呼ばれた名前で、「ほういん」というものでした。どこのお坊さんが来てるのかと思ったことを今でも忘れません。。
さて、今回はそんな私が20年間産業廃棄物処理に携わってきた中で、どのような心境でものづくりをしようと思ったのか、という経緯までをお話したいと思います。
産業廃棄物処理業について
まず最初に、産業廃棄物処理業について簡単に触れておきます。
産業廃棄物を受託処理をするには、許認可を取得しなければならないのですが、運搬をするにも、処分をするにも許可が必要です。
この許可は、再資源化であっても、焼却や埋立てであっても、産業廃棄物処分業という分類になります。運搬には収集運搬業という許可が必要です。ちなみに、産業廃棄物処理業は、日本の産業区分ではサービス業に分類されます。
事業としては、顧客である企業から運搬や処分に係る費用をいただき、それが売上となります。ですので、取扱量が多ければ多いほど売上高は上がります。当たり前の話ですみません。
ただ、廃棄物を出す企業から遠距離になればなるほど運搬コストがかかります。ですので、地域内で完結することが望ましく、地域ビジネスであるため、大企業と呼ばれる企業が少なかったのですが、ここ数年の間に企業再編が進んでおり、提携なども含めた大規模化が進んでいます。
社会インフラとしての役割
企業にとって廃棄物は製造工程でのLOSSであり、本来は出したくないものです。ただ、実際は出てしまう。出てしまうとどこかに出さないといけない。引き取り手がないと最悪の場合、企業の生産活動に影響が出てしまいます。
そういった意味で、電気、ガス、水道のようにそのサービスが止まると困ってしまうため、社会インフラとしての役割を持っていると言えます。
資源循環について
天然資源を採取・加工し、製品を製造・流通・販売する産業を、動物の循環系になぞらえて動脈産業と呼び、産業廃棄物の再資源化等を進める産業を静脈産業と呼びます。
理想を言えば、この動脈と静脈での血液循環がうまくいくこと。
では、実際にはどうかというと・・・
原料使用できる状態にしても、再び流通に乗せることの難しさや、流通に乗ったとしても継続しないという状況を何度も見てきました。
大きな理由としては、バージン原料を購入したほうが安いというコストの問題。次に、バージン原料よりも品質が低下するという問題。
もちろんケースバイケースなため、これが全ての理由ではありませんが。
モヤモヤ
このような状況を目の当たりにしてきた私は、ずっとモヤモヤしてきました。限りある資源を効率よく、うまく循環させる方法はないのか??
廃棄物を加工して原料にまではできても、その先に繋がらない。続かない。
というわけで
少しづつでも動脈、静脈の血液循環を良くすることができるのではないか?また、環境、地域にとっての持続可能性も含めたものづくりが行えないか?
そんな問題意識に対する解を少しづつ形にするために、自らがものづくりに踏み込んだというわけです。
ただ、すんなりと取組みがスタートしたわけではありませんでした。その経緯は次回お話ししたいと思います。