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第三回アトツギ甲子園に出場した

アトツギ甲子園という中小企業の後継者向け新規事業ピッチに出場しました。結果は一次の書類審査を通り東日本大会でのピッチまでは進んだもののファイナルには残れないというものだったのですが、今日(3/3)ファイナル出場者の皆さんのプレゼンをオンラインで悔しさ混じりの複雑な気持ちで観ていくにつれ、このイベントが自分にとって非常に大きな意味を持つものだったことを改めて噛み締めました。

「新規事業なんて無いから出場はありえない」

大会の存在は以前から知っていました。元々の出場資格は「34歳以下の中小企業後継者」だったのが第二回大会から「39歳以下」に引き上げられたのですが、それでも今年2023年に40歳になる僕にとっては今回の第三回が最後の機会ということもわかっていました。
ただ肝心のプレゼンする新規事業というものがない。なので2022年中は周りで出場表明をする知り合いがいても「おお!頑張って!!」としか思っていませんでした。
それが1月5日、エントリー締め切りの前日になってツイッターで知り合いが「明日締め切りですよー」と呟いているのを見たとき「あ、今ならネタがある。最初で最後のチャンスにダメ元でエントリーしてみよう」と勢いでエントリーしたところ、運営から「選考書類の締め切りは1月9日です」と返信があり、まさか数日で書類準備する必要に迫られるとは予想もしなかった中、気合と情熱だけで作った書類が一次選考を通過、東日本大会のピッチに進めることになりました。

社内で培ったGoogleのLooker Studioのノウハウを外部に提供するという新事業

今までnoteでも何回か発信していたGoogleのLooker Studio(旧データポータルまたはData Studio)のノウハウを外部に提供する、具体的にはコンサルをしたり業務改善アプリを作って外販するというのが今回提出した新事業案ですが、そもそもこれは自分達の業務改善用に使い始めたツールが思った以上のレベルで活用の幅が広がったというだけの話でした。
それを新事業として考えるようになったきっかけは人事評価制度を再構築した際に作った評価結果の見える化ツールで、制度策定を支援して下さった人事コンサル会社さんにこういうツールを実際の評価時に使うと見せたところ「このツールは売り物になるレベル」と言って頂いたことでした。
ただ2022年11月までは実際に事業としての立ち上げに向けた活動はほとんどしておらず、これが「出せる新事業なんて無い」と考えていた理由でした。

ところが12月になって日本でも有名なとあるSaaS企業さんが主催するDX推進のセミナーにLookerネタで登壇させて頂くことになり、このプレゼン準備の中でnote以外で初めて自分達の取り組みを外部に伝えるための作業をしたこと、またセミナー出席者の方にテンプレートを試験配布してみるなど実験的な動きを進めたことで「これがこのまま進んだ時に見えてくる景色を提案してみよう」という風に思えたのでした。
なおこのSaaS企業のタイ法人社長さんは僕にLookerの存在を教えてくれた人です。この出会いがなかったらこの事業案は根本的になかったわけで、きっかけを頂いたことに本当に感謝です。

実績を作ってストーリーを固くする

書類選考通過の連絡から東日本大会のピッチ本番までは約一か月の猶予がありました。前半はストーリーを固くするために動きました。
「今の時点では難しいけど相当頑張れば実現できるかもしれない、そして実現できたら相当嬉しい」というところに短期的な目標を置くことにしました。それが僕たちにとってはGoogleからパートナー認定を受けることでした。中小製造業の自分達がGoogleから認められるというのは結構ワクワクするものであり、かつ結果が出るまでやり切れば達成は全然あり得ると。
ここからこの短期目標をどう達成できるかと実際に準備をしていく活動そのものが実績になっていきました。

今回人前でピッチするにあたって前述の人事コンサルティング会社の社長さんに壁打ちを依頼したのですが、話の中で社長さんから「ウチのお客さんにもその人事評価ツール紹介したいから協業しましょう。ほらこれで発注実績一つできた」と願ってもない話を頂くことができました。新事業のきっかけをくれ、壁打ちにお付き合い頂いた上にお仕事までもらえるだなんて本当に頭が上がりません。

更に時を前後してGoogleから教育領域のパートナー認定を受けている会社さんとご縁ができたのですが、この会社さんも僕たちがやろうとしていることに興味を持ってくださっていたので、改めて「アトツギ甲子園なるものに出場が決まり・・・ちょっと壁打ちお付き合い頂きませんか?」とメッセージすると「いいですよ!」と快諾してくださったので押しかけて相談、結果「タイ法人同士で業務提携しちゃいましょう」とこれまた超嬉しいお言葉。事業の「固さ」をもう一つ上げることができました。
せっかくなのでこの業務提携はプレスリリースとして先日発表しました。本社でも出したことのないプレスリリースをタイ法人において初めて出したことになります。本当は事業詳細や背景の説明をたっぷり詰め込んだ単独リリースを同時に出したかったのですが、準備期間が足りずにそちらはもう少し先のお楽しみにしています。

スライド作りとリハの日々

残りの二週間は本番用のスライド作りに費やしたのですが、元々スライド作りも人前でのプレゼンも割と得意だと思ってちょっと甘く見ていたようで、最初に前述の人事コンサル社長さんに組み立て中のスライドを見せると結構多くの指摘。そして頂いたフィードバックから内容を7割練り直して夜な夜なリハを重ねていたところ、奥さんから「練習台になろうか?」と提案があり、そこで初めて人前で話したら「うーん。言ってることはすごいっぽいんだけどテンポ早すぎ力入れすぎドンドンドン!って感じで言いたいこと入ってこない」という指摘。確かに動画を撮ると時間内に終わらせようとして本当に必死だなという感じで、そこからは社内の他の人にも見てもらったりしつつ、若干ミスっても時間オーバーにはならないよう結構な数のシートを削りました。あのまま行ってたらと思うとゾッとします。奥さんに感謝。

資料提出直前は何をやっていてもスライドの仕上がりと時間内に終わるかどうかが気になってました。なんせビジネスピッチなんて生まれて初めて。せっかくなら結果を出したいという思いはどんどん強くなっていき、挑戦者を讃える歌詞で最近気に入っている曲を通勤中に聞いて涙が溢れてきたりと、まったくもってツラいとは思っていませんでしたが精神的には一杯になってたようです。
普段全然泣くヤツではありませんが、5年くらい前家業を辞めようか本気で考えるくらいしんどい時期にインドに行った帰りの機内で「蜜蜂と遠雷」という天才少年少女のバイオリンコンテストを舞台にした小説を読んでいたら頭の中で鳴る音楽に涙がボロボロ出てきたことがあって、自分の中で「アートに激しく揺さぶられ涙する=精神的に一杯」という方程式ができており今回もそうだったんだなと。

東日本大会本番

そして14日にスライドを提出、日本に飛んで17日に本番を迎えました。
自分のスライドに使っていた特殊フォントが運営PCにインストールされておらずデフォルトフォントに置換されてしまったことで見た目が変わったり一部改行が狂ってしまっていたことに直前リハでは気づかず本番を迎えたという地味な反省もありましたが、肝心なのはやはり中身。
東日本大会に先立って開催された西日本と中日本、どちらの大会の動画も何度も見てきましたが、レベルが昨年より明らかに高い。自分が出る東日本も同様でした。自分の発表を客観的に振り返るのはなかなか難しいものですが、全員の発表が終わって正直な感想は「ギリギリ5人の中に入ってるかもしれないし入ってないかもしれない」というものでした。

そして結果発表。15人中5人のファイナリストには残れませんでした。

終わってから24時間くらいは悔しさと喪失感で一杯でしたが、よくよく選ばれた5人との差を考えてみると、それは「既に出している実績・業績」、「具体的な販売価格や売上、利益などを説得力のある形で数値化しているか」、そして「この事業でこんなことを実現してやるという志の高さ」だったのではないかと思うに至りました。どれもが自分には足りなかったものですが、思えば特に最後の部分はたとえ今の身の丈にあっていなくてももっと高いところに目標を設定するべきだったなと。審査員の方のコメントにも「どうせならGoogleから資本入れてもらうくらいを目指しましょう」とありました。

正直「中小企業が経営資源を活用した新規事業」という大会コンセプトをいいことに、「これはスタートアップの資金調達ピッチじゃないんだからthink bigは必要ない。実際に採点基準もそのようになってる」と高を括っていましたが、やはり視座が高いことによって取り組みの解像度も上がってくるしピッチの中身も変わる、そして事業そのものの成果にも当然現れてくるのだと思い知らされました。会社も事業も経営者の器以上には成長しない。自分自身の不甲斐なさが本当に悔しかったし今でも悔しいです。

ピッチを終えて

それでも今回ピッチへの出場にあたって「点と点が線になる」というのを心から実感しました。最初にLookerの勉強会に行っていなかったら。そこから社内に展開しなかったら。人事評価のコンサルさんに出会っていなかったら。自社で使っていることをアピールしていなかったら。セミナーの機会がたまたま得られなかったら。そして締め切り直前でエントリーをしなかったら。

「とりあえずやってみた」が全部繋がっていく感覚はとても衝撃的かつ喜びに溢れるもので、準備から当日までずっとこれを楽しませてもらいました。そしてきっかけを与えてくれた周りにいる方々のサポート無しではどれもなし得なかったのだということも身に沁みました。

アトツギ甲子園の出場資格は来年の僕にはありません。今後他のピッチに出場する可能性はゼロではないものの、今回の事業は特に新規性や拡張性が高いわけではないので「後継者の新規事業」という枠を外れた時に資金調達を目的とするビジネスコンテストなどで歯が立つとは思えません。

ただそれはそれ。今回ピッチに出場したことでぼやけていた自分の考えがどんどん解像度を上げていきましたし、実際にアクションを起こすことで自分たちの強みや弱みが明らかになり、そしていつ正式に立ち上げるかもちゃんと考えていなかった事業にタイムラインが加わったのが最も大きな成果でした。タイに戻ってからは日々自分自身で色々なツールをいじったりチームメンバーとやることを話し合ったり準備を進めています。

ここから実績を積み上げて見える景色、視座が上がってきた時、もしかしたらまた「今なら行けるかも」と思い直して別のピッチに出るかもしれませんし、そうなったらいいなと思っています。

兎にも角にも我々のサービス立ち上げは5月予定です。「製造業が本当に自分達自身をDXして事業自体も生まれ変わっていっちゃった好事例」を目指して走っていきます。


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