パラレルワールド 46
このイギリスの港町リヴァプールで行われるコンテスト本戦の前日、僕たちは会場となる広大な草原に来ていた。
ステージ・セットはまだ全体像が見えない程度にしか組みあがってはいなかった。
それでも想像の中で組みあがったステージ・セットの大きさにトキオもタケルも、そしてタイシノムラも緊張と興奮を隠しきれずにいるようだった。
レコード・マンの「記録」が「違った未来」を作り出していく。
僕はこの広大な草原に立ち、ようやくこれまで・・あの長い尻尾の男と出会って以来探し続けてきたものの正体が分かりかけていた。
フェスティバルは、「あらかじめ決められた未来」から外れたその先にあるということを。
長い尻尾の男が僕に求めていたのは「あらかじめ決められた未来からの逸脱」だったのだ。
長い尻尾の男は僕をトーキョーに送り込むことで「逸脱」しようとしていた。
しかしながら、どうすれば「逸脱すること」が出来るのかは長い尻尾の男にさえも分からなかった。
だから長い尻尾の男は、あらかじめ用意されたこの世界の中には無かったはずの物語の幕を無理やり開けようとしたのだ。
偶然選ばれたこの物語の主人公(それがつまり僕だ)はいつしかレコード・マンとなり、いくつもの事柄を記録に残していくことで依頼主たちの未来は変わっていった。(自発的にやっているときもあるが)
そうやって辿り着いた場所、それは「あらかじめ決められた未来から外れたところにある場所」であり、そこでフェスティバルは開かれる。
タイシノムラが時間圧縮を繰り返してコンテストを勝ち抜いたのも、「あらかじめ決められた未来から外れるため」だったのだ。
「知らないこと」の存在さえ知らなかったことに気づいた彼女は、「自分が知らない場所」へ行こうとした。
「あらかじめ決められた未来」とは、誰が決めたのか?
それは実は自分自身なのかもしれない。
そんな「あらかじめ決められた未来」に抗おうとして彼らは、そして僕らはもがいていた。
もし「あらかじめ決められた未来」から逸脱するのならば、それにあたって手放さなければいけないものだってある。
「確証」だ。
☆
僕たちは未来が形を変え始めているのを感じていた。
何か大きな爆発のような音が聴こえた。
それと同時にこれまでのように、ハッキリとした輪郭を持ち細部に至るまで、前もって詳細に描かれていた未来は砕け散った。そして形のない、強い光を放つものへと変わっていった。
ふと空を見上げた。
いつのまにかフェスティバルは始まっていた。
☆
相反するものが融合し、メロディーへと変わる。
決して交わるはずのないもの達が混じり合い、メロディーへと変わっていった。
世界の全てが記号となり、ミュージックはその記号の羅列を音へと変換していた。
確かな整合性を纏いながら。
ミュージック。
ミュージックはこのフェスティバルの中を乱舞していた。
美しかった。
五感はミュージックによっていつの間にか束ねられ、感覚というものはもうここにはないようにさえ感じられた。
ミュージックが、この世界をまるごと飲み込もうとしていた。
しかしそこに暴力的なものは全く感じられない。
胎児を包み込む母親の身体のような慈愛に満ちてさえいた。
ミュージック。
何かを言いかけた瞬間、
自分の体がメロディーの、ミュージックの一部になるのが分かった。
そのメロディー。
何処かで聴いたことがある。
いや、それどころか僕はそれをよく知っている。
そうだ、ロックンロールだ。
ロックンロールなのだ。このメロディーは。
「未来は変えられるの」
そう・・遠い昔に生まれたはずのメロディーがその未来を輝かしいものへと変えていった。
ミュージックは、止まろうとはしなかった。
僕の命など到底尽きているであろう未来の、そのまた先まで進もうとしていた。
ふいに遠い昔の記憶が溢れてきた。
いつのことだったか・・
目の前に鮮明に映るその記憶の在りかを、僕はどうやっても思い出すことは出来なかった。
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