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レコーディングまであと2週間
22時、コインランドリー。
僕の部屋には溜まりにたまった洗濯物を干すスペースがないから、こうして乾燥だけはコインランドリーに来ることにしている。
コインランドリー代だってバカにならないが、それでも衣食住だけはキチンとしておきたかった。
それに、夜のコインランドリーで丁寧に洗濯物をたたむ時間が僕は意外と好きらしい。
あと2週間でレコーディングが始まる。3日間の。
明日からはサポートメンバーとのスタジオリハーサルも始まる。
いよいよだ。
「たとえ一度でも、自分が納得できる作品を創りたい。」
その想いひとつ。
ただそれだけの理由で僕は仕事も辞め、有り金をはたいてレコーディングスタジオを抑え、日がな一日音楽のことだけ考えている。
そんな日々をずっとずっと心から願っていたはずなのに、いざそんな暮らしを始めてみると不安やプレッシャーで押しつぶされそうになる。
それでも「納得のいく作品創り」というものが、片手間で出来るようなものではないということは、今回の作品の作曲者である僕がいちばんよく分かっていた。
正直なところ、結構追い込まれている。
当初予定していた予算を大幅に上回ることになってしまった。
明日からは違ってくるがここしばらくは歌う以外で声を出すことも少ない。
会話と言えば自問自答だけだ。
「なあ、そこまでやる必要があるのかい?」と。
「あるんだ。」
僕が答えるより先に、僕の心が・・いやもっと奥深くにある何かがそう答えていた。
自惚れ、ナルシスト、自画自賛・・人はそれをどんな風に呼ぶのか知らない。
でも僕は僕の曲のいちばんのファンだった。
こんなにいい曲たちがキチンとした録音もされず、誰かに聴かれることもなく作曲者である野村もそのまま時の流れと共にこの世界を去るなんて、そんなの勿体なくて仕方がなかった。
幸運にも、僕は完全に一人きりというわけでもなかった。
20代前半というかけがえのない時間に、同じバンドで時間を共にしたトキオというベーシストが僕の傍にいた。
今回のレコーディングは3曲。
トキオがそのうちの2曲を選んでくれた。
ん?
と思う人もいるかもしれない。
でも僕にとって大事なのは、トキオが(も)いいと思ってくれる曲で、トキオが100%の力を発揮できる曲をレコーディングすることだった。
3曲のうち2曲をトキオが選び、残りの1曲は僕が選んだ。
というかもう、考える余地もなく残りの1曲は決まった。
偶然・・もしくは必然に、その3曲はみなラブソングだった。
かつて自分のすべてを捧げた「バンド」への。
かつて自分のすべてをかけて愛した「彼女」への。
そして他ならぬ「自分自身」への。
そしてこの作品はある役割を担うことになった。
生きる喜びを伝えること。
否定や誹謗中傷でなく、肯定しながら生きていくこと。
先のことは分からない。誰にも。
でも僕はこの作品の完成形を見に行こうと思います。
「Someone Who Knows Love」
―愛を知る人
そんなタイトルがつけられた音楽短編集は果たしてどんなものなのか?
見届けてきますよ。