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反動期の高校演劇 1
反動期の高校演劇〜「らしさ」をつくるために〜
反動期の高校演劇〜「らしさ」をつくるために〜
目次
⒈ 高校生らしさって何だ?
⒉ 高校生らしさ、それは疑うことを知らぬまっすぐさ、ひたむきさ!
⒊ 高校生らしさを産出するコンクールの構造
(1)上位のプロが下位の高校生を「指導・教化」するコンクール
(2)「高校演劇と演劇は別」という差別意識
(3)「高校生らしさ」という評価基準の具体例
(4)高校演劇とプロの演劇界との人材断絶
(5)客寄せパンダと時分の花
(6)演劇表現の本質に関わる「らしさ」
(7)疑問や批判の不在、伝統や型の継承
(8)難しい作品は大人の入れ知恵?
(9)既存システムへの最適化
(10)小まとめ
⒋「らしく」の道徳と「会議の精神」
⒌「らしさ」への異和を表現に高める主体
⒍ コンクール以外の活動が開く、現在の可能性と隘路
⒎「らしさ」をなぞるのではなく、つくるために
⒈ 高校生らしさって何だ?
数年前の何かの雑誌に、ある大学教授の「困惑」が記されていた。その記事によれば、ある時、工学系の教授のもとに一人の高校生からメールが届いた。「同級生何人かで科学系のコンテストに応募するために研究していて、その内容に助言してもらえないか」というもので、普通は断るのだが、研究テーマが興味深いものだったので承諾し、それから定期的にメールでアドバイスするようになった。仕上がったものを見せてもらうと、なかなかの高レベルだったので、大学教授は上位入賞を確信したそうだ。ところが、フタを開けてみれば落選、しかもその理由は「研究が高度すぎて高校生らしくない」というものだったらしい。その大学教授、「科学研究における高校生らしさって何だ⁈」と驚愕、困惑、やがて頭を抱えたとさ。
誰がやっても同じ実験結果になることを原則とする科学研究の分野だから、「高校生らしさ」の滑稽、醜悪、悲惨ははっきりするが、ひるがえって、高校演劇ではどうか。そこでは、「高校生らしさ」なるマジック・ワードがエラそうな顔してのさばっていないか?しかもそれをさも当然のように我々は思っていないか。本当にそれは「当たり前」なのか? ( 2に続く )