ボルボのバスに突っ込んできた鳥#72
大学生時代、10万円溜まったらどこに旅をするか考える。そんな生活をしていた。
10回以上海外に飛び立ったが、一番印象に残っているのも、二番目に印象に残っているのも、メキシコだ。
一度目はアメリカとの国境、ノガレスという町。
言葉もわからぬまま、一泊のホームステイを体験した。言葉はわからないが、日本のアニメちびまるこちゃんを知っていることでちょっと心が通じた。
水を日本の感覚で流しながら皿洗いをしたらひどく慌てて止められたことも、「水を自由に使える場所ばかりじゃない」というのを実感した体験になった。
2度目は、メキシコのアカプルコにバスで移動しているとき。日本のバスよりおおぶりなボルボのバスに乗り込み、山間部に時々現れるカラフルな町に見とれながら移動していた。
ふと、フロントガラスに鳥が突撃してきた。
ドン。
ぶつかった鳥は一瞬で消えて、血の混じったような、体液の様なものがフロントガラスにつき、風の勢いでガラスに伸びていった。
驚きと、命が消えたかもしれないという気持ちが広がるのを、言葉を交わさなくても、バスの中の空気で感じた。
到着したアカプルコでは、ウエスタンブーツを買って、食堂で鶏肉のスープをたべた。
スーパーに向かう時、信号のない大通りを渡ろうとすると、知らないおじさんが「バモス!」と叫んだ。家族は残って、私と連れだけ飛び出した。「いけるよな」と、言葉を交わさずに見つめ合って感じたあの感じ。
アカプルコは、夜10時以降にも、大きな花火が海沿いの空に舞う。
海沿いに面したホテルの一室でコンビニで買ったテキーラとフルーツジュースを割って飲んだ。
ぬるい空気。夜に散る花火の華やかさ、あまったるくて強い酒。つまみは地元スーパーで買ったチーズと、ハムと、ポテチだけ。
それなのに、人生で一番おいしいお酒だった。
わざわざ遠くに行ったのに、何もないような旅。でも、心にこびりつくような色や空気を今でも思いだす。
テオティワカンも、メキシコシティも行ったけど、そういう「言葉」を超えて心が重なった瞬間の手ごたえは、写真をみなくても今でも思い出す。
言葉にならない、記録にも残らないものを感じられる旅。
そういうのは、人生でそんなに多くないのかもしれない。