余命365か月/二〇二四年五月

 五月一日(水) 雨
 余命三百二十八か月になった。月単位の数字だと大して減っていない気もするが、体で振り返れば、確実に終わりに近づいていくのを感じる。最期に向かってゆっくりと腹も据わっていく。ずっと道を外した人生だったが、いまや頑丈なレールの上にのった気分だ。
 ゴールデンウィークらしく超高稼働だった。来客が多く足は忙しく動かしたが、心は余裕があった。マルチタスクが売りの職場で、ただ一人、異様なほどのシングルタスクが許されている。そのおかげでエントランスに関してはスペシャリストになれたのかもしれない。
 帰りは朝比奈さんが迎えに来てくれた。今夜は餃子パーティだった。小さなテーブルから物をすべてベッドの上にどけて、代わりに羽根つき餃子や中華スープを並べて、ふたりで向かい合って夕食を楽しんだ。幸せ以外の何物でもなかった。
 明日天気になれ。

 五月二日(木) 曇りのち晴れ
 午前十時から午後一時まで「老人会」に参加した。テニスサークルの名称だ。その名に恥じず、今日集まった九人のうち、五人が七十代、三人が六十代、五十代の私は最年少だった。年齢別のトーナメントでは優勝を争う人たちらしく、初めは気後れしてミスを連発した。しかし「弾んで」「打って」で肩の力を抜いてからは、及第点のテニスができた。強打もできる六十代の会員からは歓迎されて、「これこそ男子ダブルスだ」「ひさしぶりにこんな気持ちいいテニスができたよ」と喜ばれた。途中から晴れ上がった空の青さに、みんなの少年のような顔が映えていた。
 ジムに寄って筋トレしてから車屋へ行った。エアコンガスを入れ替えた。配管も劣化しているらしく、ゴールデンウィーク明けに見積もりを送ってもらうことにした。
 午後四時過ぎ、朝比奈さんを迎えに行った。別宅に帰ってしばらくのんびりして、午後六時過ぎにまた出かけた。七時から十時までインドアでテニスをした。先日誘ってもらった隣町のサークルだ。これが素晴らしかった。私と同じようなハードヒッターの若者がいて、ストロークの練習をした。互いの威力の相乗効果で、まるでプロのようにボカスカ打ちまくった。爽快だった。ほかにもかなりの腕前の男性がいて、嬉しくて嬉しくて、楽しかった。このサークルは月曜日と木曜日の夜に練習している。本拠地にしようと思う。
 帰りに田舎道を疾走しながら思った。テニスのこと、仕事のこと、朝比奈さんのことも、今、いろんなことが上手くいっている。それが自力で得たものだとは、もう微塵も思えなかった。だから感謝の念しかなかった。

 五月三日(金) 晴れ
 昨夜若者と思いっ切り打ち合った感触が、まだ手のひらに残っている。肩の痛みもなく、サーブは往時の八割ぐらいの速度で打てた。全盛期のプレイが視野に入り、その先も想像できた。あと二、三年が、人間性が充実して、精神も強くなり、我がテニス人生でもっとも輝けるチャンスだろう。
 エントランスで青空にタンポポの花をかざしている少年がいた。私も隣に立って、一緒に空をながめた。

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