香月日輪「下町不思議町物語」
「師匠ーーー!」
ランドセルを背負った少年が、びゅんと横を通り過ぎていくのが見えました。それにしてめちゃくちゃ元気がいい。心臓がとびでるか思ったわ。
走っていった方向を後ろから見ていると、昔ながらの木造建の家屋がずらり並んでいました。今時のコンクリートではなく、砂や土で固められていました。まあ、懐かしい町並みです。先には師匠と呼ばれた黒い着物を着た男性が手を振って「おー、おかえりぃ」と迎えています。どちらも関西弁で話しているようです。男性がこちらに気づいて、「そこん人、俺、メチャメチャ標準語やで。」という視線が送られてきた。そういうことにしときましょうか。
こんにちは、Nollです。
先日、香月日輪先生の新装版「下町不思議町物語」を書店で見つけました。2007年、2012年に出版が既にありましたが、新装版は徳間文庫で去年2021年に出されていたみたいです。「不思議町」というのがあるのは知っていましたが、新しいのはつい最近まで知りませんでした…。見かけた時にラスト一冊ということ、あと解説の追記があるという誘惑に駆られて、購入しました。表紙は他のと見比べるだけでも大変面白いものが見られました。中身は全く同じです。なのに、イラストで表わされるイメージは色合いも印象も焦点も人物像の捉え方も異なっています。凄く個人差そのものが溢れています。
この物語に登場する高塔さん、「大江戸妖怪かわら版」シリーズに登場した修繕屋と同一人物なのだそうです。他のシリーズやお話に登場しているキャラクターもここに登場してくるそうです。解説に丁寧にどの作品に登場するのかが書かれています。ちなみに、前記かわら版について書いたnoteはこちらにあります。お時間あればぜひこちらもご覧くださいませ。
「下町不思議町物語」の入口
香月先生のお話には必ず驚かされます。今回も参りましたとしか言えません。前も思いましたが、これ少年少女も読むんだよねと一人でどきどきしながら読みました。大江戸妖怪のお江戸の世界とは違う雰囲気のレトロ、のような昭和なような、なんと表したらいいのかわからない落ち着く世界が眩しく感じました。
香月先生の書かれる子どもと大人の一緒にいる距離感が素晴らしいと私は思います。大人の中で、家族の中で、学校の中で、などなどの「環」の間で主人公ナオ君はどこにいるのか、彼にとっての居場所とは、彼から見た大人とは、その逆などが明確です。彼は体の発育には少し難があるかもですが、それは時が解消してくれると思います。むしろ、精神面は強靭過ぎて見習わなくてはと頭が上がらない気持ちでした。けれども、しっかりさも元気さも、その一方で脆くて幼いところも本編に溢れていました。大人たちがナオ君とどのように関わるかも見どころです。彼の抱える問題をどのように寄り添うのかも見ていて、学ばされます。子が問題にどうやって対処をしたらいいか迷っている時、皆さんならどのように関わるでしょうか。その貴重な意見もこの中に詰まっていました。
子どもも大人も成長にも種類があって、すぐに対処すればどうにかなるものもあれば、向き合うのに苦痛が伴うことがある、そして強烈なのも肝と思わされます。
この徳間文庫の解説は「令丈ヒロ子」さんという、児童小説の作家さんがご担当されています。「若おかみは小学生!」などの物語を書かれている方のようです。その方と香月先生とのやり取りを解説の部分で拝見して、香月日輪さんという方がどのような方なのか「大江戸妖怪かわら版」に書かれていたのと合わせて一層鮮明になった気がします。
どんな世界になっても香月日輪先生の描かれるテーマは揺るぎないと思いました。例え、新しい物語を予定していたお話がどのようにでもあれ、行き着く終幕はいつも同じであったと思います。どのお話を読んでも、それを実行し続けてくれる人がいることを願っていたのではないだろうかと思います。特に、子どもたちへ。
香月さんの書籍を手に取るたび、子どもたちを想います。それぞれに合った成長の栄養とはなんなのか、どのように見守るのがいいのか。なにができるかを考えさせられました。