君たちはどう「生」きるか
(え、米津玄師!?)
ガサゴソと席を立つ音が少し。
それでもエンドロールが流れ終わるまで、席について噛み締める。
2023年7月14日の午前中、映画館にいた。
この映画は「この時」に体験する必要があった。
「先入観なく観る」という体験
僕は映画館にそんなに行く方ではない。そもそも、そこまで映画に詳しいわけでもない。
それでもごくたまに、家ではなく、映画館でこそ観るべきものがある。僕にとってこの映画はそれだ。しかも公開直後であることに意味があった。
言わずと知れた宮崎駿(以下、個人名はすべて敬称略)の10年ぶりの最新作「君たちはどう生きるか」。
ジブリはこれまで鈴木敏夫プロデューサーによって魅力的な広告を打ってきた。テレビで予告として事前に映像を流し、各メディアであらすじを紹介してきた。
しかし、今回はない。鳥っぽい絵だけ。
よく考えれば、事前情報がないままジブリ映画を観たことなどなかった。
公開して時間が経てば、どうしたって情報は氾濫する。
「何も知らず先入観なくジブリを観られる」というかつてない体験をするため、公開日に映画館に足を運んだのだった。
好きです、ジブリ
僕は、マニアまでいかないが、ジブリが好きだ。
映画はほぼすべて観ているし、美術館やパークにも行っている。展覧会にも行っている。そして、さまざまなドキュメンタリーも観ている。
作品はもちろん好きだが、ジブリを取り巻く空気感がなんか好きだ。
宮崎駿ご本人も。
いやでも、それは第三者的に好きなのであって、一緒に仕事をするとか近くに常にいるのは大変だと思う(もっと大変なのはパクさん)。
とにかくおもしろい人だ。あのイタズラな笑顔が憎めない。
自分を追い込むことでしか良い仕事はできないと考える人。
ドキュメンタリーからは、彼でさえいかに逡巡しながら創作しているかが垣間見える。
この姿がどれだけのクリエーターの救いになっているのだろう。
また、しばしば発せられる彼の辛辣な言葉。それが世の流行を度外視した本質を突いたもので、心動かされることもしばしばだ。
ゲド戦記を初監督したときの息子吾朗への酷評や「演出(監督)は世界を変える気で作らないといけない」という発言、東日本大震災が発生した直後の混乱に対して声を荒げた抗議など、山ほどある。
ついつい大衆が陥りがちな美談や偽善的な匂いのするものを嫌い、涙を流せば「すみません」と口にする。良いか悪いかはさておき、その姿に失われつつある日本的な美意識を勝手に感じずにはいられない。
「子どもたちに何を観せるか」を常々追い求めてきたが、作品によっては話が進むにつれて難解なテーマに行き着くこともある。
あるときは「子どものときに『よくわからない』という経験をすることにも意味があるはずだ」と解釈していて、妙に納得させられた。実際、僕は若かりし日に観た「もののけ姫」をその後に何度となく観て、新たな発見をすることになった。
またあるときは、「なぜ戦闘機の映画を作るのかという問いに答えなければならない」と、複雑なテーマを帯びた「風立ちぬ」に立ち向かった。
なぜなのか僕などが簡単に言語化できるものではないが、
「女房にはトトロみたいなもん作ればいいじゃんって(言われたよ)」
「(それなら)トトロがあるからいいじゃんね」と言う。
いつも新しい境地にしか興味がない、ここに作家としての矜持を見る。
今作の好きなところ
幼少の頃から僕たちを、おおげさではなく部分的にはたしかに育ててくれた宮崎駿が、80代にして観せてくれた最後になるであろう今作。
元「子ども」として見届ける必要があった。
これが80代のおじいちゃんが作ったものなのか、圧倒的なイマジネーション。
主人公のモデルは本人。先に逝った身内や仲間をメインキャラに据えて、「僕はこう生きた、君はどうする!」と迫る。
主題歌「地球儀」では、遠く離れたところから今までずっと宮崎を師事していた米津玄師が彼のことを歌う。
ドキュメンタリー「ポニョはこうして生まれた」冒頭で登場する、地球儀に近隣を描く宮崎の様子から着想したものだ。
初めて聞いたときにすでに沁みた、僕の好きなフレーズはここ。
「引退するする詐欺」を繰り返した彼が行き着いた、続ける理由。
それは結局「作りたいから」という純粋なものだった。彼にとって「生きることは、作ること」でしかなかった。
同じくトップクリエイターの米津玄師だからこそ書くことが許される、説得力を持った歌詞だ。
余談ではあるが、「厚顔無恥にはなるまい」と引退会見後は姿を見せなくなったこともいじらしい。
そして、内容もさることながら、僕の好きな場面がある。
それはエンドロールで、これまで宮崎を慕ってきた人が参加・協力していたことがわかるところ。一度解体して人員が散り散りになったスタジオだが、作画や美術のメインスタッフ、庵野秀明や米林宏昌の名前がそこにはあった。僕がエンドロールを食い入るようにみつめた理由はこれ。
いかにも人とのつながりを大事にするジブリらしい。
さらに、追って放送された今作のドキュメンタリー内のアフレコのシーンがたまらない。
僕たちと同様に宮崎アニメを観て育った俳優やミュージシャンが、老いた宮崎に力を貸そうと集結し「地球儀」が流れるところはグッと来る。
本当にグッと来る。
宮崎の老いに焦点を当てることに賛否はあるようだが、20年以上通い続けたNHK荒川格だからこそ描けた演出だと思う。
「生」はおわり
ジブリ作品は、サラッと終わる。あっけないくらいに。
今作もそう。「え、これで終わり?」と。
米津玄師×菅田将暉の対談でも取り上げられていた場面。
最終盤、青サギが眞人に声をかけて去る。サラッと去る。
これが決してウェットではなくそれでいて深い絆のある、鈴木と宮崎の何十年もかけて培われた関係性を実にうまく表している。
サラッと終わるから、また観たくなる。
「生」で観る体験は済んだ。
今後は違った視点で観ることになるだろう。何度も。
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