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子供がスマホを持つのは早ければ早いほど良いのか
本当は生まれた瞬間に「ほら!」と手渡したいけれど、分娩室でそんなことしようものなら色々と怒られそうだし、さすがに操作も識字もままならない。
だから仕方ないので、3歳にしよう。
ひらがながギリいければスマホは操作できる。
「幼稚園児にスマホを持たせるなんて」と眉をひそめられそうだが、割とマジメに言っている。
さてさて、「子供にいつスマホ持たせるか問題」に関しては色々と意見があるそうだ。
「視力が悪くなる」
「依存が心配」
「ネットには危険が〜」
と、もっともらしい理由はいくつでも並べられるが、どれも本質を見誤っているというか時代錯誤な気がしてならない。
大前提として令和の世の中は、今までと比べて、「異次元のIT社会」であることを理解する必要がある。
令和は「情報の民主化」がテーマだ。
これは子供だってもれなく対象になる。
今までは限られた人しか知り得なかった情報やコンテンツに、今では誰でも、等しく、好きなだけ、アクセスできる。
このように、情報の民主化とコンテンツの多様化によって、ディセントラライズ(非中央集権、分権化)された社会は、今までの社会速度を大きく凌駕する。
"流行り廃り"だって今までじゃあり得ないスピードで入れ替わってるのは体感するだろう。
その差にあるのは、前までは中央集権型のコンテンツが主だったからだ。テレビが良い例になる。世の中にコンテンツを提供する量をコントロール出来たから流行り廃りが緩やかだった。
それが今では短期間で急激に見られて、短期間で飽きられる。スピード感が圧倒的に違う社会になった。
情報の民主化とは、そういうことだ。
僕らの時代、平成までは親の知識や教育にまだ価値があった。社会もゆっくり進んでいた。だから別に高校生からスマホで全然良かった。
しかし今は違う。情報の民主化によって、親の知識や教育に価値が無くなり、社会のスピードは激変しているし、これからも加速する。
僕が最も強く言いたいのは、平成と令和では全く時代が異なるということ。IT社会に応じて教育も変えなければ、前時代的で取り残される。
さて、本題のスマホの話をしよう。
スマホは、ただの機械ではない。
いわば、大脳の機能拡張である。
スマホは記憶装置であり、情報収集装置であり、コミュニケーション装置である。人間の大脳を機能拡張をするものだ。
考えてみてほしい。
"足の機能拡張"と言える自転車は3〜4歳から練習するのに、なぜスマホはダメなのか?
自転車は「乗れたほうが便利だから」と言って親が教えるのに、スマホは「まだ早い」と遠ざけるのはなぜ?
答えはシンプルだ。親がスマホを「ただのネットに繋がる機械」くらいにしか“理解していない”からだ。
本質的には自転車とスマホは同じだ。
どちらも人間の機能拡張に過ぎない。
ちなみに、
「子供より自分のほうが知識がある」
「子供に正しいことを教えられる」
と思っているかもしれないが、それもIT社会では幻想に終わる。
子供がネットに触れれば、「全部ネットで調べれば良くね?」「GPTでよくね?」と言われておしまいだ。
今の時代、ネットにアクセスすれば、親の知識なんてあっという間に追い越される。さっきも言った「情報の民主化」だ。
ネットがあれば無限に色んな勉強ができる。中央集権型の遅い教育体制とは別に、自分が興味のある分野をひたすら勉強出来る。
ネットを使えば、子供は親よりも広い世界を知ることができるかもしれない。インターネットやITというのは、むしろ子供にとって興味や可能性の海だ。
にもかかわらず、子供にスマホを触らせないのは、
もしかして、子供が自分より賢くなることを恐れていないか?
幼稚園からスマホを持たせていれば、幼い頃から様々な情報にアクセスして、勝手に成長するだろう。親が知らない新しい世界を吸収し、新しい言葉も効率よく覚え、親が知らない考えも深められるかもしれない。親が知らない領域に足を踏み入れるだろう。
それが、怖いのでは?
だから「まだ早い」「危ない」「依存する」と適当な理由をつけて、子供の可能性を制限する。でもそれは親のエゴとも言える。そこに論理的妥当性はあるのだろうか。
子供はむしろ大人が思っているよりもずっと賢いし、知の吸収力は大人よりも数倍良い。幼い頃からスマホを持たせておけば、きっと数倍早い情報的成長を遂げる。
それこそが親にとっての「脅威」なのだ。
子供の知識、思想、環境を支配下に置いておきたいだけのことを、「守りたい」とか「心配」って言葉に置き換えてるだけに他ならない。
もちろん、ITリテラシーは随時教える必要がある。
ある程度の監視はしてもいいかもしれない。
それでたとえ失敗して痛い目を見ても、
自転車で転ぶのと変わらない。
小さい頃からIT社会のスピード感を鍛えるため、
様々な可能性を子供の頃から踏ませるため、
幼い頃から様々な世界を知っておくためにも、
スマホを持つのは
早ければ早いほど良い。
ちなみに、明治時代には「小説を読むと馬鹿になる」と言われていたらしい。それが、
映画館に行くと馬鹿になる
↓
テレビを見ると馬鹿になる
↓
漫画を読むと馬鹿になる
↓
ゲームをすると馬鹿になる
と、歴史を見ると人間は新しいものを怖がり続けているので、今スマホがどーたら言ってるのも、まあそういうことだと思う。