見出し画像

夢帰行16

清美の覚悟2

「お前強くなったな」
 ひと言ひと言を分かり易く話す清美の姿は、二年前とははっきり違っていた。
「そんなことないよ。今だって怖くてこのまま何処かへ逃げちゃいたいくらいだもの」
現実を振り返ることは、自分と遙の姿そのままだ。その姿は清美にとって見ていられないほど、切羽詰まった局面だった。

「よく頑張ってるな」
仁志には清美にかけるべき言葉が見つからず、恐らく一度も言ったこともない言葉を清美にかけていた。
「ほんと?本当にそう思ってる?」
聞きつけない言葉に思わず反問した。
「ああ」
自分でも驚く言葉を聞き返され、更に続ける言葉もなかった。

「少し嬉しい」
清美の頬に笑みが差した。
自分の子供のために一生懸命看病しても、それは世間的には当たり前のことだが、それを仁志から褒められることは、他の誰からの励ましよりも嬉しいことだった。

離婚してからの清美は、遙をちゃんとした女の子に育てようと考えを改めた。
それまでは、自分の飾りとも言うべき存在だったが、命の狭間におかれて初めて人間として尊重できるようになったのだ。
白血病を寛解させたら、規則正しい普通の生活に戻し、女の子としての素養を身に着けさせるため、習い事も、礼儀作法も、学力も鍛え、体力知力を充実させて、ひとりの女として自立させたかった。
父親がいなくても、私一人でこれだけ出来るんだということを周りに知らしめたかった。

早くに結婚して、想像したとおりに失敗したことを、小ばかにする周りの者の鼻を明かしたかったのだ。
さらに、ひとりの女として成長した遙を仁志に会わせて、清美を見損なったことを後悔させてやりたかった。
それが、僅か四歳の子供への、将来のおぼつかない子供への清美の愛情表現だった。
その為には、遙を生かし続けなければいけないのだが、今は生死の境にいて、むしろ日々死に近づいている状況だ。
清美の希望は、白血病という恐ろしい病気の前に全く無力だった。

「でもね、母に交代してもらって、一人で家に戻ると力が抜けちゃうのよね」
「病室で遙の様子を見ている間は、少しの変化も見逃さないぞ。っていう気構えで居られるけど、一人になるとね・・・」
「自分を見つめるって言うか、自分が見えちゃうのよね。それが嫌」
仁志には、清美が言わんとすることが理解できず、黙って聞いていた。

何故私は、こんな苦労しなければいけないのだろう。
何故私は、こんな辛い思いを背負わなければいけないのだろう。
何故私は、遙と普通に暮らすことさえできないのだろう。
病気の子供を置いて離婚した俺へ問いかけているのだろうか。
仁志の頭の中で、清美の言いたいことを想像してぐるぐる回っている。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?