夢帰行11
後悔
今、仁志の目に映るのは、まさに生と死の狭間で苦しむ我が子の姿だった。
仁志の胃の痛みの何倍もの苦痛をこの小さな身体で受け止め、病魔と闘っている。息苦しさに耐え、本能のみで生き続けようと足掻いている姿だった。
大人しく寝ているようでも、それは子供が寝たくて寝ているのではなく、病気と闘う体力を失い、病に侵された身体が自然に求めた安息のひと時であるに違いない。
「これでも今日は少し具合がいいのよ」
想像を超えた遙の姿から目を離させない仁志に清美が言った。
時折コンコンと小さな咳をする。
すぐさま清美は病室に入り、酸素テントのポケットから手を差し入れて、遙の小さな背中をさすっている。
ガラス越しに清美の看病の様子を見ても、仁志は掛ける言葉が見つからなかった。
清美は、細い眼を開いて病室の中から仁志を見つめている。
「これがあなたの子よ。父親として何かすることはないの?」
と言わんばかりの視線を送っている。
仁志はそんな清美の視線に気付いていながら、それに合わせることなく、遙と清美に目を向けていた。
看病疲れなのだろうか、細い割に女性らしい凹凸のあった身体は、はっきり瘦せてしまったことが、滅菌服の上からでもよく分かった。
しかも滅菌服の下に着ているのは、地味なグレーのスウェットだ。
その姿のままで一日中居るのであろうことは想像できた。
隣のベットに寝泊まりして、片時も遙の側を離れないために必要な姿だった。
遙と二人、可愛らしい服に身を包み、より人目に付くところへ出かけていたあの頃とは別人だ。
服のことなど考える暇もなく、化粧どころではないのだろう。
疲れが顔色に表れ、色白だった素顔は青白くさえある。
当然、病気になってから遙を連れて街に遊びに行くこともなかったのだろう。
普通の4歳の女の子が経験する遊びや成長過程を経ることなく、二年もの間、この病院のベットの上で大半を過ごしてきた遙と清美。
時計は止まったままだった。
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