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新刊『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』の「あとがき」を全文掲載します


 以下の文章は、本日発売の『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)の「あとがき」です。私は、あとがきを読んでから、本を買うことが多い人間です。そういう人も少なくないと思います。ですが、コロナのためにいま本屋さんには行きにくく、現物の書籍を手にとってあとがきを読むことは難しいかもしれない。アマゾンなどの電子書店では、あとがきは読めません。そこで出版元の理解を得て、noteであとがきを載せることにしました。台湾を得意分野としてきた書き手で、感染症やウイルスの専門家ではない私が、この本を書こうと思った動機を記しています。

 (ここからあとがきです)

 現在進行形の話を書けることは、書き手とってチャンスでもあり、リスクでもある。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、5月末の時点で、日本をはじめ、多くの国でピークアウトし、ロックダウンと呼ばれた都市封鎖や行動制限も徐々に解除され、正常化が始まろうとしている。一方で、新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬について明確な朗報があるわけではなく、当分は第二波、第三波の襲来に怯える日が続きそうだ。

 台湾もまた、初戦には勝利を収めたかもしれないが、次はどうなるかわからない。台湾が新型コロナウイルスを抑え込んだという前提で、一冊の本を世に問うことについては、迷いがなかったわけではない。本書の内容は5月末時点での情報をもとにしているが、刊行の6月末までに新しい事態が起きるかもしれない。

 それでも今回、本書を出す決意をした理由は、主に二つある。

 一つは、横軸としての対策の全体像と、縦軸としての歴史的・社会的背景を押さえた内容を、台湾の新型コロナウイルス対策に対して興味を持った日本の方々に伝えてみたいと考えたからだ。

 「マスクアプリ」「天才IT大臣」「水際対策」「鉄人部長」など、幸い、多くの台湾絡みの情報が日本に伝えられた。それらを一つの大きな絵の中に収めて、もう一度、日本の読者に読んでもらいたかった。WHOに加盟していない台湾の情報は、WHO経由では日本には伝わってこないだろう。私の手で現時点での「最新報告書」を作っておこうと考えた。

 もう一つは、日本で新型コロナウイルス問題の渦中に身を置いているなかで、正直、「台湾はこれほど頑張っているのに、日本はどうしたんだろう」というストレスを感じることがあった。どの国もそれぞれの事情とそれぞれの対策があるので、簡単な比較で優劣を論じることは難しいのだが、なんとなくモヤモヤ感が抜けなかった。

 ならば台湾の対策を丁寧に解き明かせば、多少はすっきりするのではないか、という期待があった。その結果は本書の中で論じているが、いくつかの点で、台湾を鏡とすることで日本の足らざるところが自分なりに整理できたと思う。

 5月のWHO総会で台湾の出席は認められなかったが、人命や人道に関わり、誰にとってもプラスになる真っ当な求めが、政治の建て前だけで通らない世界でいいはずがない。新型コロナウイルスを撃退した民主主義の台湾が示したモデルは、公衆衛生の歴史書に書き込まれる意義のあるもので、広く世界にシェアされるべきだと信じている。

 台湾というテーマと長年向き合ってきた一人として、台湾の価値や優れた点を日本に伝えることを続けてきたつもりだったが、正直、今回の台湾のパフォーマンスは予想を超えていた。日本社会の台湾称賛にはある種のカタルシスを感じ、なんだか自分のことのように誇らしくもあった。そうした気持ちもエネルギーになり、おそらくは、単著としては過去最高の速度でこの本を書き上げることができた。台湾の新型コロナウイルス対策についてこの間に発表された方々の知見にも多くを学ばせていただきながら、図らずも与えられた「空白の時間」に自分なりの意味を持たせることができた気はしている。

 ひとえに絶好のタイミングで声をかけてくれた育鵬社編集部の山下徹さんのおかげだ。4月の緊急事態宣言下で、ほとんどの店が閉まっているなか、渋谷の老舗喫茶店で打ち合わせをしてから一気に出版の計画が動き出した。資料集めや事実確認をサポートしてくれた日本在住の台湾人アシスタントの陳律安さんにも感謝したい。

 最後に、この世界で、新型コロナウイルスで命を失った家族や友人・知人を持つすべての方々にお悔やみを申し上げたい。災害でも疫病でも、犠牲は必ず生じてしまう。しかし、人間の努力によって犠牲の数は減らすことができる。日本が将来の感染症対策を考えるなかで、本書の一行でも役立つ部分があることを祈っている。

5月31日 東京にて 野嶋剛


 

 

 

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