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パパのチャーハン

うちには2歳の娘がいまして


何をしてても「とにかく可愛い!」と思ってしまうような親バカな私なのですが、嬉しいような悲しいようなことがひとつ。


それは、私もたまに料理をするのですが、パパのチャーハンはよく食べてくれます。(他はあまり食べないのが悲しい事実ですが…笑)


ただ、そもそも娘は卵が大好きで、卵焼きがあれば他に何もいらないといったところ。とにかく、卵があればそれで良いらしい。


平日は料理をすることが少ないが、土日は少し余裕があるのでなるべく料理をしようと思っている私。


休日に父が台所に立つ。そういえば、うちの父もそんなことあったな。



私が小学生で、まだ土曜日に登校していた頃。

土曜は給食がないので、帰宅してから昼食を食べて遊びにいくのが流れ。平日と違い午後を目一杯使えるため、さっさと食べて遊びに行きたい野球少年のぼく。

そんな中、土曜の昼はなぜか父が張り切っている。平日には出てこないホットプレートを持ってきては、だいたい焼きそばかお好み焼きを作り始める。


今考えれば、それくらいしかバリエーションがなかったのだろう。


「にんじんは豚肉よりも先だ。」
「キャベツは30秒あればいい。まだ入れるな。」
「お好み焼きは押すな。ふっくらしないぞ。」
「あと1分。まだ待て。」

そんな父のこだわりを聞きながら、「そんなんどうでもいいから、食べさせてくれよ!」と思っていたが、父にとっては最高の料理を提供したいといったところだ。




あれから月日は経ち、




今まさに私は、鬱陶しく思っていた父になりつつある。笑



「卵は先にご飯と混ぜておくと一粒一粒にコーティングできる。」
「ネギは細かすぎると存在感がなくなってしまうな。」
「胡椒はブラックよりホワイトを使うべし。」


娘は、「パパ、チャーハン!」と台所まで見に来ている。ちょっとした偵察らしいが、急かしに来たのだな。


無駄に強いこだわりと慣れない手捌きによって、結果的にただ時間がかかったチャーハンが完成。


娘は食べてくれているけれど、何か引っかかるなぁ。



あの時の父の気持ちが、今では痛いほど分かる。



これを妻に話すと、「そもそも調味料入れすぎたとか大きな失敗さえしなければ、大抵のチャーハンは食べる。」と。そうなのか。パパのチャーハンに対するこだわりは、娘には関係がないのか。何なら、娘に喜んでほしいなら娘にどんなチャーハンが好きなのか聞けば良かったじゃないか。


自分のこだわりなんて捨ててしまえばいいのに、自分の正解しか知らないとこうなるんだよなぁ。思い込みってやつだよこれ。


歳を取れば取るほど、自分というものは太くなっていくけれど、「それしかできない」とか「曲げられない」っていう人にはなりたくないなぁ。自分のこだわりより、相手のこだわりに喜んで入っていけるような人がいいよなぁ。そういう教師がいいよなぁ。


自分のこだわりを押し付けてないかな
でも自分の軸は持っておかないとブレるぞ
「こだわり」と「軸」は別物なのか?
「こだわらないことにこだわる」ができたら、もっと良いのか?



昔の父と自分が不意に重なり、「しなやかに生きたい。」と心から願った土曜の昼でした。

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