弱さを開く
今年、深見太一さん主催の「クラス会議ゼミ」に参加していました。
土曜の朝にzoomでやり取りをしながら、クラス会議の目的や効果について理解を深めたり、実際にゼミのメンバーでクラス会議をしたりしました。とても有意義な時間を過ごさせてもらい、現在の学級経営にも強く反映されています。
太一さんはじめ、ゼミの方々は本当に皆さんステキな方でして。zoomでのやり取りしかないのですが、一緒に働いたことあるんちゃうか?ってくらいの感覚です。私がnoteを始めたのも、ゼミの方がnoteをやっているのを知り「自分もやる!」となったからです。
ゼミ自体は終了したのですが、その後も交流は続いています。先日、zoomで近況報告をしていたのですが、ある方が、子どもにこんな相談をしたそうです。
「体重を減らしたいけど、どうしたらいいかな?」
すると、子ども達が給食の量やおかわりを管理してくれるようになったそうです。
これって、本当にすごいことだと思うんです。
何がって
担任自ら弱さを見せている
ってことなんですよね。
教師って、何となく子どもの前では完璧でいなきゃいけないみたいなイメージ持つ人多いと思うんですが、私は全く逆だと考えます。
完璧な教師には話しかけにくいですし、完璧でいなきゃいけないクラスは必ず疲弊していきます。「〇〇するべき」で埋め尽くされた管理統率型のクラスは、いつか限界が来ます。
だから、教師も完璧じゃないところを見せた方がいいんです。
子ども達に「間違えてもいいよ!」って言うじゃないですか?でも、教師が間違うとこ見せなきゃ説得力なくないですか?教師が弱みを見せなきゃ、子ども達も見せることはできません。間違えてもいいという雰囲気を教師自身が行動や態度で示せているかどうかです。
私は、漢字やひらがなをよく間違えます。本当に間違えることもあれば、わざと間違えて笑いをとりにいくこともあります。それと、誰かの間違いの直後に先生も間違えたりします。間違いは「あるある」であり「全然あり」ということを伝えたいからです。
また、「先生よく奥さんに怒られんねん。」という話をします。靴下脱ぎっぱなし、物は片付けない、こんなんだからよく怒られると。だらしないよねって。
すると、
「先生あかんやん!」
と笑ってくれる子もいれば
「分かるー!」
と共感してくれる子もいます。
どちらのリアクションも、こちらには得しかありません。先生あかんやん!に対しては、「〇〇さんは片付けうまいんやな。なら、どうやって物を片付けてるん?」と聞けば良い方法を一つ提案してくれますし、共感した子はそれだけでホッとするじゃないですか。先生も家ではだらだらしてるんやなって。
他にも、ここぞで話す鉄板エピソードは、全て失敗や恥ずかしい話です。
・病院で名前を間違えられた話
・妻との初デートで見栄を張りお酒に呑まれた話
・牛乳を4ヶ月放置してヨーグルトが完成した話
・鼻歌を口ずさむと娘に「うるさい!」と言われる話
どれも子ども達は笑ってくれます。私も笑かしにいきます。
でも、誰でも失敗ってあるよね?先生もそうだよっていうメッセージでもあるんです。
こんな文章を書いていると、急に思い出したエピソードが。確か国語の授業で、「迷子になったことある?」という話をしました。迷子って子供からしたら失敗であり恐怖体験だと思うのですが、ほぼ全員の手が挙がり、楽しそうに自分の迷子ネタを話していました。そうやって子ども同士で弱さを開く姿はとても魅力的でしたし、クラスが共感と安心で溢れた瞬間でもありました。
迷子って失敗体験ではあるけれど、昔のことで既に笑い話に昇華されているからこそ話しやすかったのかもしれません。
教師が弱さを開く行為は、子どもに安心感を与えて自己開示を促します。
そして、それがクラスの心理的安全性や個性の発揮に必ず繋がります。
子ども達には何でも言い合える関係であってほしい
自分らしさを発揮してほしい
あなたにとってこのクラスがホッとする居場所であってほしい
そんな願いを込めて、これからも私は自ら弱さを開いていきます。