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【小説】猫耳メイドのお仕事
愛する子どもたちよ。
代償は正しく払われ、君たちの願いは叶えられた。
君たちはこれから何にでもなれる。
無限の可能性を抱えて、君たちは戸惑うだろう。
しかし、生きるとはそういうものだ。
私は君たちに生きてほしい。
生きて、さまざまな世界を見てほしい。
その先で何を得たかを教えてほしい。
我々は正しく世界と関われているのか、それを確かめたいのだ。
愛する子どもたちよ。
ここからは君たちの物語だ。
好きに生きなさい。
この物語を始めるにあたって、まず私は君たちにいくつかの事柄について説明しなければならない。しかし、簡単に「説明」と言っても、どこからどこまでの知識を君たちに与えて良いものか、私もまだ迷うところにある。我々は——つまり、君たちの呼ぶところの『神』や『天使』あるいは『死神』や『悪魔』といった存在は、非常にたくさんのしがらみに雁字搦めの生き物なのだ。私が理から一歩踏み外してしまったばかりに、君たちの世界が滅び去る方向へと歩を進めてしまうのはしのびない。と言っても、私はすでにこの世の大きな理からは外されてしまっている。ある種の病に侵された私の魂は、『神』の世界に存在することを許されなくなった。この病に治療法は存在しない。回復することはおそらくないであろう。緩やかに進行し、私の魂を塗り替えていく。私はどこかでそれを望んでいる。私の魂が、あるべき姿へ戻ることを望んでいる。これは、それまでのほんの戯れにと綴る物語だ。
さて、自己紹介もまだだというのに、随分と曲がりくねった話をしてしまった。私の名前はアンリ。かつてはダリアという称号をもち、アンリ・ダリアと名乗っていたが、今はただのアンリだ。もしくは、アンリ・パライ・ダリアと呼ぶ者もいるだろう。私が生まれたのはシエルと呼ばれる比較的小さな世界だ。生まれたといっても、母体から赤子として生まれたわけではない。我々は母をもたず、生を受けた時の姿かたちも様々だ。子供のような見た目のものから、すでに老人のような見た目のものまで、果てはヒトには似つかぬ姿で。おおよそはヒトに非常に似た姿かたちで生まれる。その姿から年月を経て変わるものもいれば、永遠に同じ姿を保つ者もいる。私の知っている限りでは後者が圧倒的に多い。唯一共通点として、我々は皆純白の翼をもつ。それ故に『白翼主』という別称もある。
我々は肉体も魂もほとんど完成された存在として生まれる。そうして、生まれたその瞬間から世界と魂の『管理者』としての役割と権限を与えられるのだ。世界は君たちの住む場所以外にも無数に存在する。途方もなく長い時間をかけて形成され、今なお増殖し続けている。かつてはそれらを生み出す途方もなく大きな存在がいた。分かりやすく『創造神』と呼ぶことが多い。我々が正しく『神』と呼ぶ唯一の存在だ。誰も見たことはないが、確かに存在するとされるその『創造神』は、まるで子供が空想の世界を無尽蔵に作り上げてはお人形遊びに勤しむように、世界とそこに属する魂を創ってはそれらを観察して遊んでいた。しかし、あまりにも増えすぎたそれらは、互いに干渉しあい、増えすぎたり、あるいは予期せぬ消滅を迎えたりと『創造神』の手から離れて勝手に物語を展開し始めたのだ。君たちも、自分が考えて作った物語が、他者によって勝手に書き換えられたり消されたりしたら不愉快だろう。その状況に困り果てた『創造神』は、どうにかして上手く制御しながらこの楽しい遊びを続けられないだろうかと考えた。そうして生み出されたのが我々『管理者』だ。『創造神』は、『管理者』に世界と魂の管理を一任することとした。厄介事から解放された『創造神』は、再び世界と魂とのお遊びに戻ったのだった。
我々『管理者』に与えられたのが『シエル』という小さな世界だ。そこに一柱、世界を維持するための楔を置き、その支えとしてもう六柱鎖を添えた。中央塔『トロノア』の管理者『アスプローデ』、中央塔を取り囲む六つの塔——『スターチス』、『ダリア』、『ゼフィランサス』、『スノードロップ』、『コスモス』、『アルストロメリア』のそれぞれの塔主がその一つの楔と六つの鎖にあたる。中央塔の管理者である『アスプローデ』は『創造神』により選ばれ、『アスプローデ』のみが『創造神』の存在を真に知り得る。六つの塔の塔主は『アスプローデ』により選ばれ、それぞれの職務にあたる。塔はそれぞれ違う役割をもつが、その詳細はここでは省こう。簡単に述べると、我々『管理者』は、生まれるとすぐ教育機関である『アルストロメリア』の所属となり、そこで『管理者』として働く上での知識と、『神聖』の使い方を身につける。その後各塔に配属され、働くこととなるのだ。『神聖』とは、我々が生まれながらにして持つ魂の属する『現象』だ。君たちに分かりやすい言葉を使うなら、それぞれが使える能力や魔法のような力と言えば良いだろうか。『神聖』はそれぞれの作り出す『神聖域』の中でのみ行使できる非常に強大な力だ。世界と魂を管理するにあたって必要なものとして、我々はそのような力を付与されている。強大であるが故に、先ほども述べたようなしがらみが非常に多い。我々が好き勝手世界を滅ぼそうものなら、我々自体が『創造神』により消されてしまうことだろう。そのような事態を防止するためのしがらみ、つまり法である。しかし、法を守る者がいれば、破る者がいるのも世の常であろう。それが意図したものであれ、本人も意図しないものであれ。世界の理に反する程の過ちを犯したものは黒に堕ちる。様々な姿かたちで生まれる我々の唯一の共通点であり、『管理者』としての権限をもつものの証である純白の翼。それが、一瞬にして黒く染まるのだ。まさに世界の暗転。しかし、私にとっては、奇しくもそれが救いでもあった。
さて、いまだ語りつくせぬが、そろそろ物語を進めよう。これは私の物語ではなく、彼女たちの物語なのだから。しかし、事の始まりとして今しばらく私の物語にお付き合い願えたら光栄だ。さぁ、君たちを私たちの『物語』へ招待しよう。