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【エッセイ】「 #はじめて切なさを覚えた日 」

 2つ上の Kさんが私の初恋だった。

 小学4年生の頃の話である。

 いつも明るくて、可愛くて、スポーツ万能で、頭も良くて。

 憧れの人だった。

 同じクラブに所属していて、なぜか Kさんはよく私に話しかけてくれた。
 それが嬉しくて嬉しくて、クラブ活動の日はいつもドキドキしていた。

「ほら、女子はこっちの部屋だよ」
 そう言って Kさんが私の腕を引っ張る。
「俺、男だって!」
 必要以上にムキになって声を荒げる私。

 服越しに伝わってくる Kさんの手の温もりが私の鼓動を速くした。体中の血が頭に上ったかのように顔が熱い。頭がクラクラする。

「あら?女の子じゃなかったの?乃井万ちゃん・・・
 Kさんはおどけたようにペロッと舌を出し、笑って立ち去ろうとする。

 当時私は細くて身長も低く『女の子みたい』と言われることがあった。
 それを受けてのこの言葉である。
 完全にいじられていた。

「女子じゃねぇぇぇ!!」
 私は Kさんに向かって行った。
 それを見て Kさんは笑いながら走って逃げた。
 耳まで熱い顔で、追いかけながら私は思っていた。

 この追いかけっこがずっと続いて欲しい……と。

 Kさんは来年中学生になるから、今までのように会えなくなる。
 でもその2年後、私も中学生になれば、また同じ学校に通うことができる。
 小学校で会えなくなるのは残念だが、中学校に行く楽しみができた。

 私は精一杯前向きに考えることで、寂しさを紛らわせようとしていた。

 ところが、あと一週間ほどで卒業式というとき、6年生から聞いた話が私の細い希望の糸を断ち切った。

「 Kちゃん、卒業式が終わったら引っ越すんだって」

 その場所は新幹線を使っても2時間以上かかる遥か遠い場所だった。
 小学生の私には永遠に手の届かない場所のようにさえ感じた。

 もう会えなくなる。

 思考が停止した。
 目の前が真っ暗になった。

 『2年後にはまた同じ学校に行ける』
 その気持ちで繋ぎ止めていた心が崩壊した。

 それから卒業式の日まで、私は何もする気にならなかった。
 学校に行っても、友達と遊んでいても、全然楽しくなかった。
 心が抜け殻になっていた。

 卒業式の日、在校生も全員参加で卒業生を送った。私は式の間、いつも Kさんの姿を目で追いかけていた。
 もう会えなくなる大好きな人を目に焼き付けておこうとするかのように。

 卒業式が終わった後、私は帰ろうとしていた。
 本当は Kさんと話したかった。
 またいじられて追いかけっこをしたかった。
 でも、Kさんの周りには絶えず友達や先生がいて、下級生の私が潜り込む余地はどこにもないように感じた。

 昇降口を出て一人でトボトボ歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「ちょっと待って」
 Kさんだった。

 驚いて見上げる私に、Kさんは手紙を渡した。
 私の頭を撫でて、少し悲しそうな笑顔を浮かべ、Kさんは学校へ戻って行った。

 それが私が最後に見た Kさんの姿だった。

 家に帰ってすぐに手紙を開ける。

今までありがとう。
私、一人っ子だからかわいい弟と遊んでいるみたいで楽しかったよ!
私も向こうでがんばるから、乃井万くんもがんばってね!

 涙が溢れた。

 苦しくて、切なくて、でもどうしようもなくて。

 『ちゃん』であって欲しかった。
 そうすればまた追いかけて行ける気がした。
 『くん』であったことが、男だと認めてもらった証のように感じる反面、それがお別れの言葉のようにも感じた。

"追いかけっこは終わりだよ"と。

 その短い文面の手紙を、何度も何度も繰り返し読み返していた。
 Kさんの手の温もりを思い出しながら。

こちらの企画に参加させて頂きました。
初めての参加ですがよろしくお願い致します🙇‍♀️

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