見出し画像

【ショートショート】「185~IBaShо~」

誰も信じられない。
誰とも会いたくない。
家族以外すべての人と縁を切ろう。

電話番号を変え、SNSのデータも全て削除した。
親が体調を崩して病気がちになったこともあり、人知れず実家に戻って1ヵ月。
誰とも交わりのない日々が快適だった。

そんな時、家の固定電話が鳴った。

「なんで何も言わずに消えるんだよ!お前にとって俺はそんなもんだったのか?」

仕事でアメリカに行っている彼からだった。

「そばにいれないけど、いつもお前のことを考えてる。何があったのか相談しろよ!」

「……」

「もっと俺を信じてくれ!お前に何かあったら……」

声で伝わる彼の涙。

「……無事でよかった」

ほとんど連絡もくれないし、こっちから連絡しても「ゴメン!今忙しいから」と、素っ気なく電話を切る彼。


……もういいや。


彼との縁も切るつもりだった。

でも……。

親以外に、こんなにも私を心配してくれる人がいたなんて……。


その後、『みんなの居場所を作る』と、彼は1つのページを作成し、
『185IBhо)』と名付けた。

居場所は自宅だったり、学校や会社だったりする。
一時的なものならホテルやレストラン、居酒屋などもそうかもしれない。

実在する『場所』こそが『居場所』

そんな私の考えは彼の一言で根底から覆された。

「居場所って精神的なものだと思うんだ」
彼は続けた。
「精神的に追い詰められると人は居場所を探す。自宅が居づらくて居場所を探す人。職場や学校に行けなくて居場所を探す人。でもその人たちが探しているのって『身の置き所』だけじゃないよな」

彼の言葉は私に向いている気がした。

「スマホがあれば行けて、行けばそこに仲間がいて、楽しいことに出会えて、心安らぐネット上の居場所。そんな『心の拠り所』を目指すんだ」

私は185の最初の住人になった。
始めはネット上で公開する2人の近況報告会のような場だったが、居場所を求めて辿り着く人が少しずつ増えてきた。
彼の考えに賛同してくれた人たちが装飾画像を作り、記事を書き、写真を載せ、日々の生活を発信し、それらをお互いに見て共感したり笑ったりしていた。
時に楽しく、時に為になり、時に興味深いコメントが飛び交う、賑やかな『声』が溢れた。

185を毎日訪れる中で、私の心にある氷壁は少しずつ溶けていった。



時が経つにつれ、185は世間の話題となり、製作者の彼は脚光を浴びた。
メディア取材や本の依頼などに応じながら、本業もこなす彼。
忙しくなるにつれて、彼がページに来ることは無くなっていった。

彼の居場所ではなくなった185。
管理者なきページは徐々に荒廃し、1人、また1人と去っていった。


クジラは数千km離れた仲間と会話ができると言うが、私たちも同じかもしれない。
様々な記事やコメントは、同一の時空間に存在しない、遠く離れた人たちの『声』。
その『声』に同調して共通認識が生まれ、お互いを思い、助け合い、やがてそこが居場所になる。

そんな場所だったはずの185。
今彼はその海域を抜け出して、波の音が聞こえる上層へ行ってしまった。

もう彼の声は聞こえない。
私の声が届くこともない。

他人なんて結局こんなものだよね。

大好きだった居場所185。

だけど、もう……。


……ん?

新着情報?

クリックすると、"185ハウス完成"という見出しと一枚の写真が現れた。

木の風合いが景色に溶け込むログハウス。
彼が笑顔で大きく手を広げていた。

ずっと放置していてゴメンナサイ!
以前から計画していた『185ハウス』の外形完成です!
皆さんが気軽に立ち寄れる居場所を目指し、まずは喫茶店を開く予定です。
内装はまだですが、工事の進捗状況も含めて『185ハウス』の様子も発信していきます!

ネット185とリアル185の融合

どうなるのか、今からメッチャ楽しみ!

住所 ……

この住所、ウチの近所……?

そのとき彼から何ヶ月ぶりかの電話が来た。

「ページ見た?」

開口一番がこれ?
普通『久しぶり』とか『ゴメン』とか言うよね?

でもそれより……。

「アメリカ行ってたんじゃないの?」

「仕事は辞めた。リアルでもみんなの居場所を作りたいと思って。手続きが大変でさぁ、ページの管理もできなかったよ」

「はぁ?わけわかんない!それにこの住所……」


ピンポ~ン


お客さん?
今家に私しかいない。
「ちょっと待って!電話切らないでよ!」
電話を部屋に置いて玄関へ向かう。


ドアを開けると……。

「ゴメン。びっくりさせたくて黙ってた」

彼の出現に唖然とした。

「一緒に喫茶店をしよう。ずっと一緒に」


突然なに言ってんの?
その前に言うことあるでしょ?
私だって言いたいことが山ほどある!


それなのに……。


うなずいていた。

何も言わずに彼を見て、何度も何度もうなずいていた。

雪解け水が堰を切ったように止めどなく流れる。

信じていいんだね……。


185ハウスはみんなの居場所であるとともに、私の大切な居場所になった。

彼の声に包まれた、笑顔の絶えない永遠の居場所に。



(1997文字)


こちらに参加させて頂きました。
よろしくお願い致します🙇

#モノカキングダム2024
#こえ

いいなと思ったら応援しよう!