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【ショートショート】「赤いシミ」/シロクマ文芸部”マフラーに”
マフラーに付いている赤いシミ。
なんだろう?
旦那の洗濯物の中から出てきた深緑色のマフラー。
繊維まで染み込んでいて、なかなか落ちない。
「こういうシミが一番タチ悪いのよね」
とりあえずつけ置きして朝のワイドショーを見ると、殺人事件のニュースが報道されていた。
被害者の顔に見覚えがある。
この人……旦那の元カノ?
「現場には深緑色の繊維が残っていて、犯人は毛糸の何かを着用していたものと思われます」
毛糸の何か……?
深緑色……?
その時、玄関のチャイムが鳴った。
インターホン越しに見ると、警察手帳掲げた男の人が立っていた。
玄関を開ける。
「失礼いたします。県警の吉見という者ですが、旦那さんはいらっしゃいますか?」
「いえ……仕事に行ってますけれど」
「あっそうですか。それならまた出直します」
警察……?
まさか……。
いやいや、そんなことあるわけがない。
別れるときに一悶着あって、大変だったという話は聞いている。
でもだからと言ってそんなことあるわけない。
でも……。
深緑の繊維。
赤いシミ。
警察。
私は洗面所に行き、一心不乱に赤いシミを落とそうとした。
そんなことがあるわけはない。
ただの偶然。
そう。
ただの偶然なんだから。
そう思いながら。
赤いシミが消えることを願いながら。
「ただいま」
旦那が帰ってきた。
「ねぇ、今日警察の人が来たんだけど」
「え?あぁ、吉見さん?」
「そう。知っている人?」
「ああ、俺のところにも来たよ。あの人、昨日非番だったみたいで、歩いてる時にあの人が持っていたフランクフルトのケチャップが俺のマフラーにくっついてさぁ、そのお詫びに来たんだよね」
「……ケチャップ?」
「そうそう。洗濯物に入れてたけど、汚れ落ちた?」
……それだけ?
……そんなことだったの?
「それより、あなたの元カノ、誰かに殺されたってワイドショーでやってたよ」
私がそう言うと、旦那は目を丸くして驚き、自分のスマホで事件の内容を調べていた。
「ほ……本当だ」
愕然とする旦那。
今初めて知ったようだ。
その様子を見て、私はその場にヘナヘナと倒れ込んだ。
「おい、どうした?」
「……よかった。あなたが何か事件に関わっているんじゃないかって……」
「俺を疑っていたのか?そんなわけないだろ?」
「疑っていたわけじゃないけど……」
私を見る旦那の目は涙で潤んでいた。
「泣いてるの?」
すると旦那は天井を仰ぎ見て、鼻をすすった。
「いや、ゴメン。今は関係なくても、前に付き合っていたから……。あいつの笑っている顔とか思い出しちゃって……」
私の心に少しの嫉妬と大きな安堵が去来した。
良かった……本当に良かった……。
今日一日の取り越し苦労を思い出して、滑稽な自分に笑いが込み上げてきた。でも、知っている人が亡くなったという事実を思い出し、声は喉元で消え去った。
「飯の前に風呂入るわ」
そう言って風呂場に向かった旦那は、ハンガーに干してあるマフラーのシミが綺麗に落ちているのを見て、一瞬口元を歪ませた。
終
こちらに参加させて頂きました。
よろしくお願い致します🙇