中学生時代がなんだかんだいちばんキツかったかもしれない
こんにちは。rinnです。
※この内容はボディシェイミング、ルッキズム等々のトラウマについて触れられています。読んでご気分を悪くされる可能性もあり、そのような状況が危惧される方は読むのをお控えください。
最近はというと、ゆっくり身体を休めています。
毎日タロットの投稿も日が空いちゃったりするのはコンディションがタロットの結果に大きく影響するからです。
それでも「毎日」と書いているのは、1回最初に「毎日」と銘打ってしまって後に引けなくなったという理由もあるのですが、笑
タロットが引けなくなったあとに
いや、これってもしかして「毎日」であることを自分に強制させない練習になるのでは???
と、そのまま続けることにしました。
毎日続けることは尊いことなんだけれども、できない日があってもいい、それよりも出来なかったことを過度に引きずらず、「継続する」ということに目を向けたかったからです。
いつもだったら、「毎日」と掲げた目標をうっかり破ってしまったら落ち込んでそれ以降もうその試み自体辞めてしまうのですが、(完璧主義が祟って)
あえて休み休みとりあえず21日間継続することを決めました。
なんだかんだ11日は続けられているので、あと半分折り返し頑張りたいところです。
この練習が済んだら大アルカナだけでなく、小アルカナも込みで占術の練習を重ねたり、自分の欲しいオラクルカードをお迎えしてみたりなどしてみたいです。
「ワンオラクル引きます」のコーナーもいいかもしれない。
ところで、昔の傷が疼くときってありますよね。
土星が魚座に移動してから、過去なのか未来なのか体感が曖昧な感じになった気がします。
そういう時って余計に感傷的になってしまったりします。
私はちなみにボディシェイミング&ルッキズムで長年悩んで苦しみ続けてきました。
高校生ぐらいでようやく、「あれ、別に私の顔って普通じゃね?」と「我に返る」ような感覚があり、
ずっと同級生から「キモい」「ブス」と容姿を貶された過去から解放される感覚がありました。
しかし、高校生で解放されるまでは醜形恐怖に苦しみました。
高校生以後も続いたのがボディシェイミング。
「胸がない」「ガリガリ」「体型が女らしくない」等々の言葉を主に同性から掛けられ、かなり傷付いてきました。
自分のありのままの容姿を受け入れられないのはとても辛い経験でした。
BMIは常に18を超えたことがなく、健康状態もあまり良いものとは言えなかったので、そういった点でもかなりしんどかったてす。
同性というのは同年代の同級生も含まれますが、特に母親から「背中が広すぎる」「胸がない」などの言葉は幼少期から掛けられていて、自分の女性としての尊厳、女性性の部分は大いに傷付きました。
脇やあばらの骨格は横幅が広く広がっていて、がっちりしていてまるで男性のような背中をしています。背中の空いているワンピースやドレスは恥ずかしくて着られない。
身体全体を見ると逆三角形になっていて、そのコンプレックスをどうにか逆手に取りたくて、あえてタートルネックのボディラインの出る(肩の角度が目立つ)服装を好んで着ていたりします。
しかし、他の人は堂々と好きなデザインの水着、ビキニが着られるのに、私は自分の胸のサイズより大きなカップ付きのビキニを着たら、(市販のもので自分の体型にあったものは売っていないのですよね)
着用時に胸元がガバガバになって情けない体験をするのと、ショーツも自分の骨盤の幅が狭すぎてぶかぶか。
恥ずかしいやら情けないやら、自分の身体と他人とを比べて悲しくなるやら虚しくなるやらで、もう本当に心が折れることを通り越していて、自分の身体が他の人に見られるのが嫌になってしまいました。
そんな感じなので恋愛は上手くいきませんでした。
他の人の体型に嫉妬ばかりしているので、「どうせ他の女の子の方が良いんだ、みんな女の子らしいふくよかな体型で胸もあって、他の子の方が良いに決まってる」と、性愛が含まれる恋愛は私にとってコンプレックスを刺激されてしまうものなので、かなりのトラウマになってしまいました。
なぜ自分はたかが体型でこんなに苦しいのだろうと不思議でした。
客観的には一人相撲を繰り広げているだけなのですが、コンプレックスというのは主観的なものであるので、頭ではわかっていても気持ちとしてはしんどいものがありました。
クラスの男子が女子の容姿にランク付けしている話が耳に入ってくるのも、そうやってルッキズムで人をジャッジすることがあたかも当然で、自分たちは人の容姿を良い悪いでジャッジして良いと思っているんだ、とそのような話をしている人たちを毛嫌いしていました。
……と、諸々のことを思い出したことで昨夜は悲しくなって枕を濡らしていたのですが、ここで幼少期の自分を召喚してみたら大泣きしていました。
正直ここまで傷付いていたとは思っていなくて、そりゃ交際においてパニックになるよな、と腑に落ちました。
今思えば、幼少期から母親の着ぐるみを着ていて、母親の容姿コンプレックスを自分のことのように感じていたので、母親自身の自分への批判は私へ向いているように思ったし、母親自身のコンプレックスが自分のものとして感じられていたのかもしれないという気づきがありました。
母親から幼少期以降に容姿の批判をされることが多く、それは「女性らしさ」に付随するものであったので、私の女性性の部分は酷く傷付いていたのだと思うし、女性らしい部分は抑圧するように育てられました。(下着の色は白かベージュにしろと言われ、服装も露出が多いもの、黒やバーガンディなど女らしいものは積極的にクローゼットから排除されました。)
そのせいか、貞淑になるように育てられた女の子と縁がありましたし、そういった子は心の奥底では本当は自分らしくいたい、という願望を抱えていることが見て取れました。
第二次性徴が表れる時期にあまりきちんと成長できなかったこともあり、同性の大半へは羨ましいという気持ちでいっぱいになって嫉妬してしまうし、異性からはジャッジの目に怯えるという、そんな中学生時代を過ごしていました。
身長は149で止まってしまいましたし、体重も40kgを超えたことはありません。
母親の望みどおり、身体はずっと子供で居続ける選択をしたのかもしれません。
生理前にはそんな自分が情緒不安定になり、中学生時代の自分がオギャるので、整体の先生からは「もうひとつの人格があるんだよ。でも段々消えていくから大丈夫ですよ」と言われ、最近になってこのオギャる感覚が落ち着いてきたようにも思います。
適応障害になった初期症状も時期的には生理前の発熱でした。
最近なんかは、オギャる自分の声を定期的に聞いてあげて、おしゃべりを辞めるまで話を聞いてあげると気持ちがかなり落ち着くようになりました。
なんか全体的に重たくなってしまいましたけど、いかがだったでしょうか。
同じ経験をされた方もいらっしゃるでしょうか。
親や周囲の人間から刷り込まれたセルフイメージはこのように恋愛や人間関係に影響を及ぼしたりすると思います。
同じように辛かった方、本当によく耐えてきたと思います。
これからは自分の心の扉を開いて、小さい自分を抱きしめて、よしよししてあげてください。
きっと心が少しでも軽くなるはずです、応援しています。