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喉に刺さったサカナの骨のような昔話


母が死んだ
元々数年前から入退院を繰り返してきた、覚悟する時間は十分にあった
あまり気の合う母ではなかったかもしれない、そりゃそうだ、生きて来た時代も時間も違う、感覚や価値観に大きな隔たりがあるのは致し方ない、子どもだった頃の私はココロの内を上手く伝える方法を知らない、あの時はこう思ってたんだ、こうして欲しかった気持ちがあった、おかあさんは、どういうつもりだった? 考えるようになったのは、まぁまぁ大人になってからだし、ついでに文句のひとつも言いたくなってはいたが、機会はなくなった

「おかあさんなんか死んじゃえ」子どもとは言え、恐ろしい言葉を私から受けた記憶を持ったまま逝かせてしまった、もしも、何十年もその言葉を実現しなかったのが神さまのしわざであれば、ありがたいことだ、ついでにあの世があるならば、いつか罪深さを詫びる機会も頂きたいものだ

え?今どき?? とは思えど、ココは田舎、自宅での葬儀を父は決めた
台所にはお手伝いのご近所さんがいつの間にか陣取り、突然のボランティアに申し訳なくて泣きたい気分になるが、頭の角度を可能な限り深めるお辞儀くらいしか、できることを知らない、こういう時、遺族は手伝ってはいかんだか、いやいや手伝うべきなんや、とか、地方別でいろいろあるようなことを聞くが、ひとまず居場所はないようだ

「のほ、お前、何やっとるん? 葬儀屋の人かと思ったわ」
親戚男性に声をかけられた私は、祭壇用品の搬入を手伝っているところだった
父達男性は円陣組んで相談事項に余念がなさそうで、荷物はまぁまぁある、手出しをしても業者さんは拒否らなかった、大切に運べば問題ないだろう、飾り付けはお任せするしかないので…むぅ…受付用にテント設営が始まりそうだ、実は私はテント設営もできたりするのだ! こんな時だが、若干調子こきつつ、そちらへ向かう

親孝行…ってなんやねん…程度にしか今だに思えない私は、たぶん親不孝者なのだろう、母の記憶に何か残したかったのかも…と今は思う、祭壇を運ぶこととテント設営をしたこと、「アンタ、何やっとるん? 葬儀屋の人かと思ったわ」って、笑ってくれてたら本望だ




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