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思い出の味噌汁を探す旅に出ます。

味噌汁がそんなに好きじゃない。これは昔から。

子どもの頃、食べ盛りの時は、味噌汁だけでお腹いっぱいにならない、おかずにもならない中途半端なもの。なぜ、口にしなくちゃいけないのか、理由がわからなかった。

いつしか、大人になって、定食屋、牛丼チェーンなどで出される味噌汁が好きになれなかった。出されたものを残すのは嫌いなので、箸を濡らすついでに、食べたいものをおいしく食べる前に、ゴクリゴクリと飲み干すものだった。

去年の秋、実家の佐賀に帰った時、ちょっとおいしいものを食べたいと思った。有名店やご馳走ではなく、普通の食事の延長として。

定食がうまい、という記事を見て、「普段のおいしい」が食べたくなった。

こちらで紹介されていた「味の正福」にも行った。定食も種類が多く、食べたいメニューもたくさんある。また実家に帰る時には寄るだろうと思う。
(というか、東京に出店してほしい)

他にも「普段のおいしい」を食べたいと、友人に紹介してもらい、リーズナブルな天ぷら専門店「天麩羅処ひらお」に行った。

最初に出された味噌汁を飲んだ時、
「あ、うまい! これこれ!」
と思った。

亡くなった母の料理で、正直、味噌汁は、あまり記憶にない。
料理は上手かったと思う。母の料理で、好きな料理はたくさんある。しかし、好きなリストに味噌汁はない。母の味噌汁を好きにならなかったから、うまい! と思って飲んではいなかったのだろう。

でも、ひらおで飲んだ味噌汁は、出会った! 発見した! と同時に、再会できた、という感じがあった。

特別うまい味噌汁を飲んだ記憶がないので、味噌汁の原体験は、やはり母親だろう。もしかすると、母の味噌汁はうまかったのかもしれない。最近、調理をするようになったので、母の作った味噌汁を作れないかなーと思っている。

あと、母の作った料理の中で、毎年思い出してしまうのは、雑煮。これは、とても、シンプルなものだ。一番、シンプルなパターンだと、ダシと餅とほうれん草だけのパターン。餅は、焼いたものを入れるのではなく、汁にそのまま入れて煮ていた。これがいくらでも食べられた。雑煮は、味も思い出せる。きっと正解の味に近づけば、あ、これこれ、と思うことができると思う。

母は、私が子どもの頃は、いりことかつお節でダシをとっていたが、途中から、そんなことはしてなかったと思う。となると、市販のダシだろうか。よくある顆粒だしや、実家近くで見かける味噌だけで、近づけるだろうか? 九州のどこで食べてもおいしいと思うわけではないので、味噌以外にも私のおいしい味噌汁の要素が隠れているのかもしれない。まずは、一般的な味噌汁の作り方のレシピから試してみよう。好きでもないので、毎日作りたいとは思えないけれど。

「天麩羅処ひらお」の味噌汁については、実はお店で使う味噌が販売されているので、ひらおの味噌汁には一気に近づける可能性が高い。

しかし、一般的な味噌汁の作り方を覚えてから、試してみることにする。
せっかく、正解の一つが提示されているのに、それを使ってまずいものを作りたくない。


カレーの学校というところで、校長の水野さんと、講師にも立たれた東京カリ~番長のリーダーから言われたことだが、思い出のカレーに勝るものはないという。郷愁は、最大のスパイスだ、と。

もし母の味噌汁、雑煮を探そうとすると、もう永遠にたどり着けない可能性がある。でも、「天麩羅処ひらお」のおかげで、「あ、おいしい。」とと感じる味噌汁があることがわかった。

この出会いを忘れないうちに、思い出の味噌汁作りの旅に出ようと思う。
人生という長い旅に、テーマが一つ増えた。寄り道も楽しくなるだろうと思う。

2022.5.21追記
妹が教えてくれた。
昔は、いりことかつお節。その後はほんだし。味噌は合わせ味噌。
味噌のこだわりはなかったとのこと。きっと地元の味噌だろう。溶け残りが出るから米と麦の合わせ味噌だろう、とのこと。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。