見出し画像

遠くない未来に引っ越しをしよう

今の住まいには、息子がまだ小学校に入る前、離婚に合わせて、引っ越してきた。

前に住んでいたマンションからは徒歩10分ほど。
前の住まいには、元妻と息子が住んでいる。

息子が保育園の時は、息子の体調が悪くなれば、妻か私が保育園に迎えに行く必要があった。健康な子なので、ほとんどそうした機会はなかったけれど。

離婚の後、仕事などで元妻の都合が悪いとき、息子のためにできることがあればしたい、そういう気持ちがあったので、あまり離れていない場所に住むことにした。

コロナ禍の今、おそらく元妻も在宅勤務だと思うので、そこまでしなくてもよかったかもしれない。それに最近、息子の祖母も近所に引っ越してきた。息子に何かあった時、という役割はほとんど失われたように思う。

住み慣れた墨田区から出たくない気持ちもあった。
しかし、元の家の近所といえば近所。息子の同級生の父親、母親とすれ違うこともある。そういう時に多少の気まずさは感じていて、落ち着かない場所でもある。

もちろん、近くていいことはある。
月3回、4回、週末に息子がうちに泊まりにくる。
泊まりに来る時は、彼の住まいのマンションまで私が迎えに行って、一緒に歩いて、うちに来る。移動には、ほとんど障害がない。

すれ違う人に若干の気まずさを感じること以外に、今の住まいにほとんど不満はない。


今、一緒に暮らしたい女性がいる。
今の住まいは、彼女と一緒に暮らすほどには広くない。
一緒に暮らすなら、私の都合だけでなく、彼女の都合も考えて住みやすいところに引っ越しが必要だ。

息子は一番大事な存在で、息子のためにできることは何でもしたい。
彼女のことはすごくすごく大事だけれど、息子と比べられても困る。
息子は何より大事な存在だし、彼女とは死が二人を分かつまで一緒にいたい。

息子のためにできることは何でもしたいが、同居していない限られた接点の中で大事なことは、子どもに何かを教えることではないと思っている。

だいたいは、親のほうが先に死ぬことになるし、成人してしばらくしたら、彼も自立した生活を送るだろう。ちょっとしたことを教えることよりも、自分の親が人生に生きる意味を見出し、人生を楽しんでいる姿を見せることのほうが大事だろうと思う。


だから、好きな人と一緒に暮らすために、引っ越しをしようと思う。

そうはいっても、息子には遊びに来てほしいので、子どもが来た時にどうやって過ごすかは考えるし、その時、彼女が自分の家なのに、過ごしにくいと感じるのも困る。

思春期が近づけば、異性の親とは衝突することもあるだろう。彼が母親ともめた時、すぐに父である私のところに来てくれるように、なるべく乗り換え少なく、できれば一本の電車かバスで来れる街に住みたい。

今、そんな街と住まいを物色している。

経済的にすごく余裕があれば、今の住まいはそのままにして、息子と過ごす時は今の住まい、彼女との住まいは別に探すこともできるのだけれど、そんな余裕はどこにもない。引っ越しにも金がいるので、今日明日の話ではないけれど。

どこかいいところはないかなぁ、と毎日のように考えている。

彼女は何年も職場を変えていないので、彼女の今の職場に通勤が便利な路線で、息子が来るのに困らないところ。

まだ全然絞り切れないが、そう遠くない時期に引っ越しをすると思う。

「○年後、私はどこに住んでいますか?」

未来の自分から答えが降ってくるのを今、待っている。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。