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【短編小説】弓張の月 第5話(全8話)

「今日は行く?」
「私、見るの辛いから、しばらく行かない」
「とおる君を見に行かないの?」
「うん、行かない」
 この日から、久志高校への寄り道をやめた。好きになっても浅いうちなら忘れられる、そう思っていたからだ。放課後、図書室で勉強をしてから帰るのが日課になった。
 外が暗くなって天井から吊り下げられている蛍光灯が図書室の机を照らす。気づけば図書室には誰もいなかった。
 日曜日にも学校の図書室で勉強をした。吹奏楽部の楽器の音、運動部の掛け声も聞こえてくる。静かすぎるよりこのくらいの音が聞こえる方が私には居心地がいい。この校舎とも、もうすぐお別れだと思うと、廊下も教室もこの図書室も寂しいという思いと同時に、愛おしく感じる。
 母が作ってくれたお弁当の蓋を開ける。お箸を冷えたご飯に刺す。来年の4月からは母のお弁当はなくなるかもしれない。きっとなくなるだろう。今まで以上にゆっくりと食べているのが自分でわかる。
 いつもの時間より少し早く図書室を出て、小田原の駅に向かって一人歩く。街はクリスマスのイルミネーションの準備をしている。夜なのに街は明るい。今年もクリスマスはボッチだな。冷たい空気が頬に当たる。ピンクのマフラーを頬まで持ち上げながら空を見上げた。
「きれいなお月さん。明るいな。今日は15日。満月なのかな」

「由美さんですか」
 声をかけてくる人がいた。落ち着いていて、少し太い声。どこかで聞いたことのある声。でも、まさか。返事をしないで振り向いた。
「あ、やっぱり由美さんだ。ピンクのマフラーですぐわかった」
 とおる君だ。声も出なかった。
「受験勉強、頑張っている」
「はい」
 初めて2人だけで喋った。深まるのが怖くて、勇気がなくて、もう傷つくのも嫌だと逃げていた自分。
「今、学校の帰りなの?」
「はい」
「今夜も寒いね。でも明るく感じるよ。満月だからかな。コールドムーンというらしいよ。今年最後の満月。寒い夜だから冷たい月なんだね。すごいネーミングだよね」
「とおるさん、詳しいんですね」
「星とかが好きなんだよ。ここは歩道だから風もくるし寒いよ。そこのマックに寄れる?時間ないかな」
「行きます」
声がうわずっているのが自分でもわかった。

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