あにの 後悔の話
後悔の多い生涯を送ってきました。あにには、人間の生活というものが、見当つかないのです。
そんなあにの、数々の後悔の中から、今日は少しだけお話しようかと思います。
それは１０数年前……ドラえもんの声優が変わって数年たった頃、大学生のあにが都内のコンビニでバイトをしていたときの話です。
日々出来ることが増え、現在ではもはやインフラの一環となっているコンビニですが、当時もやることはいっぱいでした。
食料品や酒タバコ、雑貨の販売。
公共料金の支払。
宅急便の引受。
各種チケットの販売
バイクの保険の登録。
さらに商品の発注、店内清掃、おでんやフランクの作成。
これらドラえもんも真っ青な何でも屋業務を、最低時給で早朝から深夜まで年中無休でこなしていくのは、まあまあ大変でした。ほぼ全店にフライヤーが導入されて揚げ物まで店内調理しなきゃいけない現在のコンビニに比べればまだまだましかもしれませんけどね。
そんな街のドラえもんことあに店員。ある日いつものようにレジに立ち、高速でお客さんをさばいていると、
「これお願いします」
なんだか聞き覚えのある声で、電気料金の振込用紙を出されました。
なんていうか……
こんな声だったのです。
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その時より少し昔の話。ドラえもんの声優が一新されて少しした頃。
あには幼少期からゴリゴリのドラえもん党で、当然大山ドラ世代ど真ん中。当然声優の変更には反対……キャストの年齢を考えるとしょうがないと思いつつ、やっぱりオリジナル(のぶ代ドラ)が唯一であり至高、今更ドラえもんを見るような年でもないし、まあNo for me だよなぁといった感じでした。
そんなある日、新聞で見かけたとある記事。
「新ドラえもんの声優、水田わさびさんの宝物とは」
そこには水田さんの写真と、ジャズドラマーの扮装をしたゴリラのデザインの目覚まし時計。
”元々は帽子をかぶっていたんですけど、壊れてなくなってしまいました……”
”学生時代に朝起きれない私に父が買ってくれて……”
最初に目を引いたのはドラえもんよりも、水田さんよりも、その目覚まし時計でした。それは我が家にもある、おとおとが数年前にサンタさんにもらった物と同じだったのです。
普段から偏屈で狭量で、自分の中で「好きじゃない」に置いたものには極力関わらないように生きているかなり面倒なあに。でも単純なもので、これをきっかけに「新ドラ、少しだけ見てみようかな……」となり、いざ見てみると「新ドラ、悪くないじゃん……」となり、あにと新ドラの付かず離れずの関係が始まったのです。
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普段はお客様とは一切視線を合わせないコミュ障省エネ店員モードのあにが思わず視線をあげると、数年前にドラえもんの新キャストとしてお茶の間を賑わせていた、新聞でインタビューを受けていた、ゴリさん(目覚まし時計の我が家での呼び名)が宝物の声優さんが目の前にいるじゃありませんか！
おもわず
「あ、水田わさび…」
と声に出してしまうあに。呼び捨て。失礼なやつです。
すると目の前の女性は少々はにかんだような苦笑いで
「地味にこの辺りに住んでおりまして……」
なんと本人登場。
普段芸能の世界とは縁遠いながらそこそこミーハーなあに店員。すっかり舞い上がってしまいます。
これは、なにか！ なにか伝えなくては！
レジ打ちをいつもの流れ作業でこなしながら頭をフル回転させるあに店員。お釣りと領収書を用意して出てきた言葉が
「あ、あのっ！ 今やってるエンゼル御前、イメージ通りで最高です！ これからも楽しみにしてます！」
当時、少年ジャンプで連載を打ち切られた後赤丸ジャンプで無事終えた武装錬金という大好きな漫画(作者はるろ剣の人)が奇跡のアニメ化をされ、そこに出てくる登場人物(？)の内の一人、エンゼル御前の声を、新ドラの声優さんがやっていたのでした。これがまた声質はイメージにピッタリだわ演技は間違いないわ、元々好きだったキャラがアニメ化でより好きになるという、原作ファンにとって最高のキャスティングだったのです。それが思わず先に口をついて出てしまったわけです。
そんなジャンプ連載とはいえ深夜アニメの微妙に隅っこのキャラをいきなり振られたドラ声の人は、やっぱりちょっと苦笑いっぽい笑みで「ありがとうございます」と言って帰っていったのでした。
あとでよくよく考えてみると、ドラえもんの声優が交代してまだ数年。あに店員くらいの世代はゴリゴリの大山ドラ世代。「新しいドラえもんの声、ちょっとなー」なんて声もまだまだ耳にするそんな時代。大山ドラ世代の大学生のおにいちゃんに「新しいドラえもんもすごくいいですね！」とか言われたほうが絶対嬉しかったのではなかろうか。エンゼル御前はどう考えても間違いだったのではなかろうか。そんなことをくよくよと考え続けておりましたが、その後お店でドラえもんメンバーに遭遇することはありませんでしあ。
今でも思い出しては悔やまれる、あにが新ドラ派になった日の話でした。