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あにの 脱・○○の話

 それはあに少年がまだ兄になる少し前、3歳になった頃の話。

 今でこそ休日は自分の座椅子から狩りの最中のハシビロコウくらいしか動かないあにですが当時は……やっぱり運動はスキではありませんでした。

 そんな怠惰と静寂と星銃士ビスマルクと超電子バイオマンを愛してやまないあに少年。ある日母の「ちょっとお出かけするよ!」の声とともに黄色いママチャリの後ろに乗せられました。
 自転車は大好きです。母の背中を見ているだけで、何もしなくてもギュンギュン進んでいきます。しかも今日はお気に入りの赤いチェックのシャツを着せてもらって、なにやら大きな荷物を持っています。もしかしたら野川公園でピクニックでしょうか。あに少年の胸は膨らみます。

 やってきましたNASスイミングスクール!

 なんでだいママン。なんでボクは突然こんな塩素臭い部屋で裸同然の格好をさせられているんだい。スイミングパンツ一丁の格好に着替えさせられ初対面の子どもたちの中に放り出される3歳のあに少年。

 今思えば母も近所の公園で同じくらいの歳の子どもたちと遊ぶにも毎度一歩出遅れる我が息子を見て思うところがあったのでしょう。この子は何か運動系習い事をさせて体力をつけさせなくてはいかんのではと。
 それにしても60を過ぎた今と変わらぬ強引かつ短絡的な行動力です。まだ集団行動の経験ゼロの我が息子を、いきなりNASの荒波に放り出すのですから。

 しかしあに少年、幼い頃からピンチになればなるほど冷静に状況を分析し行動力を発揮するタイプです。
 周りには自分と同じくらいの子供たち。この教室に以前から通っている仲なのか、子供特有の警戒感のなさの為せる技なのか、あちこちでグループが出来て話したりふざけ合ったりしています。無邪気なものです。
 周りには女の先生が二人いて子どもたちを見ていいます。
 まだです。
 しばらくすると色白で背の高い男の先生が出てきてみんなの前に立ちます。そして準備体操が始まりました。
 もちろん初体験のあに少年には半分もわかりませんが、集団を後方から観察し、なんとなくそれっぽい動きをしてごまかします。
 まだです。まだ時期ではありません。
 そして男の先生は水の中に入り、女の先生がプールサイドに置かれていた、水中に沈める赤い足場を動かしにかかりました。

 今だ!

 兄少年の中のチャールズ・ブロンソンが叫びました!
 頭の中では大脱走マーチが鳴り響きます!

 先生たちの目を盗みプールサイドをダッシュ! 更衣室に飛び込みます!
 更衣室のすぐ向こうはもう外界です。しかしスイミングパンツ一丁の今の姿のまま外に出るわけにはいきません。あに少年は文明人です。
 自分の衣類がしまわれたロッカーを開け、スイミングパンツを脱ぎ捨て…ずにきちんとたたんでカバンにしまいます。

 ところがここで大きな問題に気が付きます。なんということでしょう。今日着てきたお気に入りの赤いチェックのシャツは、前にボタンが5つもついているではありませんか!
 自慢ではありませんがあに少年、まだTシャツ以外の服を自分で着たことがありません。お洋服はいつも母に着せてもらっていました。何度もいいますがあに少年、まだ3歳です。それがボタンのシャツなんて…しかも5つも!
 しかしここで諦めるあに少年ではありません。ボタンをとめたことはありません……しかし、理論は理解している! 理論ができていればあとは実践あるのみです!

 お着替えを済ませたあに少年は駐輪場を目指します。そこには母の黄色いママチャリが置かれています。よかった、まだ捨てられたわけではないようです。ならば近くにいるはず。受付のおねーさんに「おかーさんしりませんか?」と聞いてみると、2階に見学室があるのでそこに連れて行ってくれるとのこと。このおねーさんもまさか自分が手を引いている可愛らしい子供がが、今しがたプールから脱走してきたばかりの連合国軍兵士だとは思いもよりますまい。
 そして見学室へ。そこには母の姿が!

「おかーさん! 帰ろう!」

「あらーあにちゃん、シャツのボタンずれてるじゃん」

 母…決死の大脱走を決めてきた我が息子に第一声がそれですか……

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 その後まさかのナチの手先であった母によって先生に手渡されたあに少年は、無事にスイミングスクールの1日目を終えることが出来ました。

 次回 あにと 脱走の話 第2話
 母がダメなら一人で逃げるぜの巻
 ご期待ください!

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