坂道神楽戦争 2話
季節は春。
春の名物詩である桜が満開に咲き誇り、その桜の木の下を新品の制服に身を包んだ生徒達が歩いている。
ひとつのことが、新たに始まるこの日。
とある宿命を背負った少女が、ここ、『フリージア学園』に足を踏み入れようとしていた。
「ふぅ....今日から高校生、か」
目の前にそびえ立つ校舎を見つめながら、消え入りそうな小さい声でそっと呟く。
春の暖かな陽射しに照らされ、茶色味がかった長い髪が風に吹かれて揺れた。
少女の手には、先日自宅にて受け取った生徒手帳が握られている。
校門前で、学園の職員に生徒手帳を見せて、身分確認を済ませた後、荷物を置くために一度教室へと向かう。
生徒手帳に自分のクラスが事前に記載されていたため、迷わずに自分のクラスの教室へと辿り着くことができた。
一年Aクラス。
少女が振り分けられた、今年一年過ごしていくことになるクラス。
入口のドアに貼り出されていた座席表で自分の名前を見つけて、そこに肩にかけていたバッグを置く。
そして、そのまま入学式が行われる第一講堂へと向かって行った。
少女の名前は、『井上 和』
この世界の命運を背負った
いや、背負わされた少女
和が第一講堂に着くと、中にはすでに多くの人達がいた。その大半が室内の中央に、予め用意されていた椅子に座っていることから、自分と同じ新入生だと分かる。
入口で、指定された席に座るように、と教師らしき女性に言われた。
そのため、和は自分の席を探しているが、中々見つからない。五十音順だと思い、前の方を探してみたが席はなかった。
和:私の席、どこ?
入学初日から、早くも困ってしまった和。
するとそこに、
「和〜っ! こっちこっち!」
救いの手ーーいや、声が差し伸べられた。
和:あっ、咲月!
手招きをしながら、自分の名前を呼んでくれた親友の元へと向かう。
和:よかったぁ.....咲月に会えて
咲月:だから昨日、「一緒に行こうか?」って聞いたのに...笑
ホッと息をついて安心する和。そんな彼女を見て、呆れながらも優しく笑いかけるのは、和の幼馴染で親友の菅原咲月。
和:だって、咲月の家遠いから申し訳ないなって思って.....
咲月:もう! 別にそんなこと気にしなくていいの!
和:んぅ、ありがと...笑
咲月:あっ、そうだ! 取り敢えず、一年間よろしくね!
和:うん! でも、ほんとによかった。高校でも同じクラスになれて
咲月:ほんとそれ。私も嬉しいよ
2人の仲も、今年で10年目。
所謂、幼馴染ってやつで、小さい頃からずっと一緒。気心がしれた中で、お互いの秘密もしているほど。
和:やっぱり、みんな入学式楽しみなのかな?
咲月:えっ、なんで?
和:だって、みんな楽しそうに話したりしてるじゃん
咲月:あ〜、違うよ。周りの人達が話してるのは、入学式じゃなくて、〝後見星〟の話
和:なんだ、そういうことか
咲月:しょうがないよ。初対面の相手に聞くことっていえば、それしかないじゃん
和:まあ、たしかにそうだけど.....
咲月:ちょっと前に、私も聞かれたよ...笑
『あなたの〝後見星〟は何ですか?』
「好きな食べ物は?」や「趣味は何ですか?」などを差し置いて、初対面の相手に最初にする質問No.1となったこのワード。
咲月:それにさ、答えたとしても何人かは、知らないんだよね。私の〝後見星〟の名前...笑
和:それ言ったら、私もだよ...笑
共通の悲しき(?)話題に軽く盛り上がっていると、そんな2人に近づく生徒が。
「ねぇねぇ、ここにいるってことは、Aクラスだよね?」
咲月:えっ、うん。そうだけど
「よかった! 私達も同じクラスだから、よろしくね!」
「ちょっと、美空。まず、名前言わないと」
美空:あっ、そっか! 私、一ノ瀬美空! よろしく!で、こっちが私の彩っ!
彩:小川彩です。よろしくお願いします
ニコニコな笑顔の美空と、落ち着いている彩が自己紹介すると、
咲月:えっと、菅原咲月です。こちらこそよろしくね
和:井上和です。よろしく
いきなり話しかけられことに若干戸惑いながらも、咲月と和もしっかりと返す。
美空:咲月と和だね! あっ、下の名前で呼んでもいい?
咲月:うん、全然いいよ。ね? 和?
和:うん。その方が仲良くなれそうだし
美空:そっか! みくのことは、〝みっく〟とか〝みーきゅん〟とか好きに呼んでいいよ! あっ、もちろんそのまま美空でもOK!
彩:いきなり、あだ名は呼びにくいでしょ。あっ、私のことも好きに呼んでいいよ
咲月:じゃあ、美空と彩で
美空:やったね、彩! ここに来て、初めての友達ができたよ!
彩:半分は無理やりって、感じするけど
美空:あっ、そうだ! 2人の〝後見星〟って何?
ここで、ついにその質問が来た。
2人が答えようとしたその時、
彩:和は日本神話の〝加具土命〟で、咲月は〝安倍晴明〟だって。〝安倍晴明〟って陰陽師だっけ?
さっき初めて会ったばかりの彩が、代わりに答えた。しかも、2つとも正解である。
和:えっ?
咲月:彩、何で知ってるの?
彼女達にとって、〝後見星〟とは個人情報の一部。しかも、かなり重要な情報であるため、自分の口から言わない限りは他人に知るよしもないこと。
しかし、それを言い当ててしまった彩。
和と咲月の2人が、驚くのは当然なリアクションである。
美空:ちょっと、彩! 勝手に人の〝後見星〟視ちゃダメって言ってるでしょ!
彩:あっ、ごめん。いつもの癖で、つい...笑
咲月:えっと、どういうこと?
美空:さっきのは、あやの〝後見星〟の能力なんだよね。〝ラプラスの瞳〟って言うんだけど
和:あやの〝後見星〟って?
彩:私の〝後見星〟は〝リブラ〟だよ。天秤座って、言った方が分かりやすいかな?
美空:ちなみに、みくの〝後見星〟は、愛の女神〝ヴィーナス〟だよ!
そんなこんなで、それぞれの〝後見星〟の話題で親睦を深めてる和達。
すると、そこに、
「なぁ、まおも一緒に混ぜてもろうてええ?」
方言を含んた言葉で話しかけてきた一人の少女に、声をかけられた。
美空:また新しいお友達だ! 一緒にお喋りしよっ!
茉央:ありがと。あっ、五百城茉央です。まおもみんなと同じAクラスやから、よろしく
ニコッと笑顔で自己紹介する茉央。和達も順番に挨拶をしていった。
茉央:ほんま優しい人達でよかったわぁ。まおな、田舎から出てきたから、知っとる人誰もおらんくて不安やったんや
美空:それなら、もう大丈夫だよ! みく達がいるから! ね?
咲月:もちろん!
和:うん
彩:そうだよ
笑顔で言う美空の言葉に、和達も笑顔で同意する。
茉央:ありがとな、みんな
ここに、Aクラスの仲良し5人組が誕生した瞬間だった。
茉央:ところで、みんな何の話しとったん?
咲月:みんなの〝後見星〟は何? って話だよ
和:ちなみに、私は〝加具土命〟で、咲月が〝安倍晴明〟。彩が天秤座の〝リブラ〟で.....
美空:そして、みくは〝ヴィーナス〟!
茉央:みんな、有名で強そうな〝後見星〟やなぁ。羨ましいわぁ
咲月:茉央の〝後見星〟は?
茉央:まおは、〝沖田総司〟っていう偉人級の〝化身〟だよ
彩:その名前なら知ってる。たしか、新撰組っていうお侍さんだよね?
茉央:うん、当たり
美空:わぁ! 物知りだね、彩ぁ〜!
愛でるように彩の頭を撫で回す美空。
その後、それぞれの〝後見星〟についての話をきっかけに、色んな話題で盛り上がる5人。
親睦を深めるお喋りが佳境に入り始めた、その時、
"まもなく、入学式が始まります。新入生のみなさんは自分の席にお座りください"
新入生達の会話が行き交う、賑やかな講堂にアナウンスの声が響く。
彩:そろそろ始まるみたい。行くよ、美空
美空:うん! またね、和! 咲月! 茉央!
茉央:入学式終わったら、また話そうなぁ
それを聞いた5人は、お喋りを中断。美空、彩、茉央の3人は、それぞれ自分の席に戻って行った。
そして、ついに始まる入学式。
開式の挨拶の後、学園長や来賓のお偉い人達の入学を祝う言葉が続いた。
小学校、中学校で、校長先生などの偉い人の話はひどくつまらなかったが、それはこの学園でも同じらしい。
どれもお決まりの台詞。特に、国のお役人の話はひどい。どれも、どこかで聞いたことあるものばかりだった。
和と咲月だけではなく、他の新入生達も聞き流している感じであった。
そんなこともありながら、式は着々と進行していき、
"続いては、生徒代表の挨拶です。生徒会長の白石麻衣さん、よろしくお願いします"
ついに、この時が来た。
司会のアナウンスが聞こえた瞬間、新入生達が動いた。これでもかというほど背筋をピンッと伸ばし、視線を壇上中央へと向ける。
白石:はじめまして、生徒会長の白石麻衣です。まずは、皆さん。入学おめでとうございます
フリージア学園生徒会長ーー白石麻衣
この学園の象徴。
教師達が厚い信頼を置き、数多くの生徒達が尊敬の念を抱く存在。
そして、フリージア学園〝最強〟の生徒。
白石:フリージア学園に入学したみなさんに、最初に言いたいことがあります。それは、みなさんは〝選ばれた〟ということです
講堂に静寂が訪れる。
白石:みなさんは、選ばれた存在ーー〝化身〟としての自覚を持って、この学園生活を過ごして欲しいと思います。そしてーー
白石の言葉はさらに続く。
新入生達は、一言も聞き漏らさいようにと、過去一ではないかと思う程の集中力で話を聞いている。
そんな中、隣どうしの和と咲月は周りに聞こえないように、小さな声で会話していた。
咲月:みんな凄いね。真剣な顔で白石さんの話聞いてるよ
和:だって、生徒会長だもん。それに、白石さんに憧れてる人多いみたいだし、真面目に聞くでしょ
咲月:和は真面目に聞かなくていいの?...笑
和:私はいいの、誰にも憧れてないし。そもそも、選ばれたくて選ばれた訳じゃないし、ここにだって来たい訳じゃないから.....
咲月:分かってるよ...笑 でも、さっきは友達が3人もできて嬉しそうだったけどね...笑
和:そ、それは、誰だって友達ができたら嬉しいでしょ.....
咲月:ふふっ....可愛いなぁ〜
時折見せる、和のツンデレ。咲月にとっては、堪らないものなのだ。
和:はぁ....早く終わんないかな
咲月:この感じだと、まだまだ終わりそうにないね...笑
周りが真剣に話を聞いてる中、完全に飽きてしまった2人。最早、一ミリも話を聞いていない。
咲月はチラッと壇上の方に視線を向けるが、そこでは生徒会長の白石がスピーチをしている最中だった。雰囲気的に終わる気配はまだない。
和:なんか起きないかなぁ
咲月:突然だね...笑 なんかって何?
和:んー、なんだろ? 隕石が降ってくる....とか?
咲月:ぷはっ...! もう、和! 笑わせないでよ!
堪えられずに、思わず吹いてしまった咲月。
和:ちょっと、咲月っ!
それに気づいて、慌てて注意した和だったが、一歩遅かった。
白石:そこ! 私語は慎むように!
あろうことか、絶賛お話中の白石に注意されてしまった。
和:すいません.....
咲月:すみません.....
シュンとなって、すぐに謝る2人。
そんな2人に対して呆れたような視線を向ける。そして、一拍置いて白石は話を再開させた。
和:もう、咲月のせいで怒られたじゃん
咲月:和が笑わせるからでしょ....!
和:あれのどこが面白いの....!?
咲月:だって、いつもはそんな冗談言わないじゃん
和:暇だったんだから、しょうがないでしょ
なんて会話を続ける2人。
つい数秒前に注意されたことなど忘れているよう。
白石:いいですか? 初めにも言ったように、みなさんは当学園の生徒という自覚をーー
瞬間、爆音と振動が入学式を襲った。
何かが破壊された音と、おそらくその衝撃によって発生した揺れ。
講堂にて入学式に参加していた者達は、突然のことにパニックになりがらも、音のした後ろへと視線を向ける。和と咲月も同じように後ろをむく。
みなの視線の先には、穴の空いた天井と、そこから差し込む太陽の光に照らされた土煙と瓦礫の山だった。
和:えっ、な、何....っ?
あまりにも突然のことに驚く和。
咲月:もしかして、和の言葉が実現したとか?
天井に空いた穴を見て、ついさっき和が言っていた願望(?)を思い出す。
和:ちょっと、咲月! 縁起でもないこと言わないでよ!
誰もが、この状況を理解出来ずにいて、講堂は驚きや困惑の声に支配される。
教師陣が冷静になるようにと、新入生に指示を出すが一向に収まること気配がない。
そんな時、瓦礫の中から、
「痛ってぇな! こんちくしょうっ!!!!」
少年の叫び声が響いた。
……To be continued
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