向井葉月と“乃木坂46”(乃木坂46・32ndSGアンダーライブによせて)
■「史上最強」と呼ばれて
2023年4月、乃木坂46・32ndSGアンダーライブが全8公演の東名阪ツアーの形で開催された。筆者は4月26日の東京ガーデンシアター公演1公演目(ツアー全体の7公演目)に現地で参加することができ、“声出し解禁”のアンダーライブを存分に楽しむことができた。
32ndシングルは選抜・アンダーに5期生が合流したシングルとなり、アンダーにも6人の5期生が加わる形となった(このうち、岡本姫奈はアンダーライブを休演)。ほか、前作からは佐藤璃果・松尾美佑が選抜入りする一方、前作選抜メンバーの阪口珠美・林瑠奈が今作ではアンダーに戻り、加えて清宮レイが初めてアンダーメンバーに加わる形となった。
今作のアンダーメンバーについて、「史上最強」と評されることがあった(例)。しかし、長い歴史のある乃木坂46であり、アンダーライブである。「史上」などといわれるとあら探しみたいな反論をしたくなる気持ちも出てきてしまうが、5期生の合流で人数規模が拡大(回復)したというのは確かだし、前作・前々作での公演数の多いアンダーライブを経験したメンバー、この間に選抜で活動したメンバー、加入から1年で多くの舞台に立って成長してきたタレント揃いの5期生、と順を追って見ていくと、確かに「史上最強」と称することもできようかという印象にたどりつく。
アンダーライブの開催アナウンスとともに、前作アンダーセンターの中村麗乃の全公演欠席も告知され、のちに岡本姫奈も活動休止に入りアンダーライブも欠席という形となったが、それでも「史上最強」の印象は大きくは変わらなかったようにも思う。それはアンダーメンバー、あるいは5期生、ひいてはグループ全体のチーム感、そして個々のメンバーのパフォーマンスへの信頼感からくるものだっただろう。
アンダーセンターは、伊藤理々杏と林瑠奈のダブルセンターの形で、両名ともにアンダーセンターは初めて。アンダー曲でダブルセンターの形がとられるのは13th・18thシングルに続く3回目で、5年近くぶりの出来事となった。高い歌唱力やパフォーマンス時のたたずまいなどが話題になることの多い印象のあるふたりで、アンダーライブでのパフォーマンスに対しても必然的に期待が高まった。
■「史上最高」のアンダーライブへ
筆者が立ち会った4月26日の公演において、伊藤理々杏は終盤のMCで「アンダーライブの座長を務めて、『これまででいちばん良いアンダーライブだった』と言ってもらえるライブをつくるのが夢だった」と語っていた。
メンバーがたとえ“史上最強”だったとしても、それだけでは良いライブにならないのはいうまでもない。セットリスト、演出、パフォーマンス。どれをとっても、史上最高のアンダーライブにする、という、携わる人すべての思いが充ち満ちていたと感じた。
【「新しい世界」「マシンガンレイン」「左胸の勇気」】
ライブ冒頭は、OVERTUREより前に3期生による「新しい世界」、4期生による「マシンガンレイン」、5期生による「左胸の勇気」が演じられる(「左胸の勇気」は後半より全員が参加)。3・4期生が披露したのはそれぞれ初参加のアンダー曲であり、「左胸の勇気」は1stシングルのアンダー曲である。
冒頭でライブのコンセプトを大きく提示するセットリストの構成は、前回のアンダーライブのそれとも重なる。「アンダー」で始められ、序盤で「三番目の風」と「4番目の光」を繰り出した前回には、“継承”を打ち出しつつ新時代に歩み出すようなイメージをもったが、今回はいよいよ本格的に突入した新時代をトップスピードで走り出していくような印象を受けた。
その1曲目のタイトルが「新しい世界」であったというのは、巡りあわせの妙である。
【「さざ波は戻らない」「ここにいる理由」「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」】
OVERTUREのあとの1曲目で、今作アンダー曲の「さざ波は戻らない」を早くも繰り出し、“初期アンダーライブ”の象徴ともいえる「ここにいる理由」と「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」が連ねられた。センターを務めたのは、それぞれ林と理々杏で、ダブルセンターのフォーメーションであることが強く印象づけられた。
【「音が出ないギター」「命は美しい」】
MCを挟んだ次のブロックでは、そのダブルセンターがそれぞれ率いる2チームに分かれて2曲ずつを披露。青い衣装(「真夏の全国ツアー2019」での「日常」披露時の衣装)に身を包んだ理々杏チームは、「音が出ないギター」と「命は美しい」を演じた。
ロック調の楽曲に理々杏のロングトーンが乗せられる歌唱は、アンダーライブの定番ともなりつつあるが(前々回の「低体温のキス」、前回の「コウモリよ」)、改めて強烈なパワーを会場に叩きつけた。
【「ショパンの嘘つき」「ごめんねFingers crossed」】
赤い衣装(「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」時の選抜チームの衣装)に身を包んだ林チームは、「ショパンの嘘つき」と「ごめんねFingers crossed」を披露。「ショパンの嘘つき」ではスタンドマイクが用いられ、林が定評あるその歌唱力をいかんなく発揮した。
赤い衣装で情熱的に歌う林の姿に、早川聖来の代打で山本リンダと「どうにもとまらない」を歌い上げた「乃木坂スター誕生!LIVE」のときのことが重なったが、そのときの印象をもはるかに超える圧倒的な歌唱であった。
前稿「アンダーライブで見た“乃木坂46のすべて”(乃木坂46・31stSGアンダーライブによせて)」でも触れたが、アンダーライブでは長らく、近年の表題曲が披露されない状態が続いていた。そのなかで、前回ではアンコールにおいて「ごめんねFingers crossed」「君に叱られた」「好きというのはロックだぜ!」が披露され、今回は「ごめんねFingers crossed」が本編で披露されたということになる。林チームに参加してパフォーマンスに加わった清宮レイは同曲のオリジナルメンバーでもあり、アンダーライブが本来的にもつ、メンバーの入れ替わりや重層性を感じさせた。
また、「音が出ないギター」と「ショパンの嘘つき」は、直近での披露機会もアンダーライブであり、それ以外の機会はというと、“全曲披露”の「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」まで遡ることになる。オリジナルメンバーがいなくなったユニット曲は、どうしても披露されにくい。それを再びステージに引き上げたのは、アンダーライブの自由度があってこそだろう。
やはりアンダーライブには、“乃木坂46のすべて”がある。
【「ありがちな恋愛」「狼に口笛を」「13日の金曜日」】
ダンストラックを経て再び2チームが合流し、全員がステージ上に揃った。続いて披露されたのは「ありがちな恋愛」。理々杏と林にはリフターが用意されるなど、引き続きふたりをセンターに据えた2チームでのフォーメーションのような形であった。
「ありがちな恋愛」は、ファン人気が非常に高い曲といえると思う。「真夏の全国ツアー2021」および「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」で行われた「聴きたい曲」のアンケートでは、前者では表題曲部門の2位、後者では全体の2位を獲得している。「乃木坂46時間TV(第5弾)」で行われた「バナナマン&メンバーが選ぶ!ベストソング歌謡祭」の投票でも、表題曲部門の2位。どこか切なげな歌詞や美麗なメロディに加え、アルバム曲でありMVの制作がなかったこと、披露回数が少なく抑えられてきたこと(オリジナルメンバーでの披露は一度もない)なども作用しているだろうか。
「30thSGアンダーライブ」に続いて、今回も全公演でセットリストに入ったことで、アンダーライブでの披露が、回数でいえばグループとして披露した機会の半分に迫るほどとなっている。「30thSGアンダーライブ」の際のセンターは向井葉月と吉田綾乃クリスティーであったが、“選抜”や“オリメン”からある意味自由であるからこそ、そのときどきの演出にあわせて披露できるという面もあるのかもしれない。
そして全員によるフォーメーションに戻り、初期のアンダー曲だが一貫して人気の高い「狼に口笛を」と「13日の金曜日」が演じられる。このような形で、アンダー曲が強力な軸として存在しているからこそ、積極的なセットリスト・演出を行うことができているともいえるように思う。
【ユニット曲ブロック】
客席を巻き込んだ長めのMCのコーナーがあり、ユニット曲のブロックに移る。黒見明香をセンターに、矢久保美緒・池田瑛紗・小川彩・冨里奈央が「Out of the blue」を披露。4期生曲のなかでも特に「かわいい曲」の扱いを受けている楽曲だと思うが、5期生も組み込んで披露され、さらにそうした色が強まったといえる。
続く北川悠理と林瑠奈の「アトノマツリ」は、オリジナルではラップパート担当の両名が全編を歌唱する形で披露。近年においてはアンダーメンバーを歌唱メンバーに含むユニット曲もコンスタントに制作されているが、アンダーライブでオリジナルメンバーがユニット曲を歌唱することは珍しい。北川と林は「乃木坂スター誕生!」などでもたびたびラップに挑戦しており、「30thSGアンダーライブ」では「無表情」をラップパート入りで披露したコンビでもあるが、そうした取り組みがオリジナルの楽曲に結実したことは感慨深く映る。
小川彩をセンターに、阪口珠美・佐藤楓・向井葉月・清宮レイと披露された「もしも心が透明なら」は、もとは“高身長メンバー”をひとつのコンセプトに28thシングルに収録された曲で、MVは制作されたものの、そのときの配信ミニライブ以来披露がなかった(はずである)。最年少で体格も小柄な小川をセンターに据えるフォーメーションはやや逆説的にも感じたが、それがメンバーの表現力を際立たせてもいた。
続いて披露された「パッションフルーツの食べ方」が、今回の“お歌のコーナー”ということになるのだろうか。前回の「路面電車の街」、前々回の「私のために 誰かのために」にも参加した吉田綾乃クリスティーに、ここまでの楽曲でもその歌唱力をいかんなく発揮してきた伊藤理々杏の3期生ふたりに、5期生のなかでも歌唱力は折り紙付きの奥田いろは・中西アルノを加えた4人での披露。“お歌のコーナー”では伸びやかなハイトーンで歌う楽曲が多く披露されてきた経緯があるが、そこに新たな色が増し加えられたということになるのかもしれない。
このブロックにおいて、ユニットのセンターに立つ小川や、楽曲の最後を歌唱する中西の姿などを目にしたことで、逆に「今回のライブは3・4期生がしっかり引っ張っているんだな」ということに気づく。
参加した5期生5人それぞれ、ライブのなかで確かな見せ場はあったものの、全体で披露する曲のセンターに“あえて”据えられたり、過剰に何かを託したりするような演出はされていなかったように思う。
新たに覚える曲がいちばん多いのは5期生のはずでもあるし、一足飛びに新たに何かを求めるというよりは、新たに加わるチームの一員としてライブをつくることが求められていたともいえるだろうか。少なくともひとりのファンとしては落ち着いて見ていられたし、個々のメンバーもある意味落ち着いて取り組めたのではないかと推察する。
【アンダー曲ブロック/「日常」】
再度MCを挟み、ラストのブロックへ。ここでは7曲すべてアンダー曲が繰り出される形となり、ライブ全体を通して、近年のアンダーライブのなかでは“アンダー曲成分”の濃い構成であった(なお、このブロックについては、曲順を含む演出が異なる公演もあったようである。筆者は東京ガーデンシアターでの2公演ぶんしか見ていないことに改めてご留意いただきたい)。
清宮レイの英語を織り交ぜながらの全力の煽りで、「自惚れビーチ」からスタート。もとよりオリジナルのセンターであった鈴木絢音のはっちゃけた姿を見られる楽曲であったが、清宮が放つ底抜けなハッピーさが強く印象に残った。続く「口ほどにもないKISS」は、この日「さざ波は戻らない」以来2曲目のオリジナルのセンターで披露された曲であった。“声出しあり”での披露は今回のアンダーライブが初めて。2年半近くにわたり、比較的多くの披露機会に恵まれてきた曲ではあるが、今回のライブが阪口珠美にとって特別な記憶として残ってくれたらと思う。
北川悠理と矢久保美緒をダブルセンターに据えた「嫉妬の権利」。初めて日本武道館でアンダーライブが行われた時期の曲であり、アンダーライブには欠かせない曲としてほぼ一貫して披露されてきた(「30thSGアンダーライブ」と、中国シリーズが数少ない例外だっただろうか)経緯があるが、オリジナルと同じダブルセンターでの披露はやや珍しいように思う。北川も矢久保も柔らかくてコミカルなキャラクターがクローズアップされることが多いが、ハードで切なげなこの曲のセンターにパフォーマンスがしっかりとはまっており、両名がアンダーライブで積み重ねてきたものの大きさが感じられた。
オリジナルのセンターとして佐藤楓が立つ「届かなくたって…」。自身が参加したアンダーライブばかりでなく、日産スタジアムなどでも演じられ、まごうことなき彼女の代表作となったと言っていいように思う。「嫉妬の権利」からの流れがなくても、客席は赤色に染まっていたはずだ。続く「錆びたコンパス」では、吉田綾乃クリスティーがセンターに立つ。黄色く染まった客席との一体感は随一で、“声出し”のパワーをまざまざと感じさせた。明るさと力強さの両方を兼ね備えた、現代アンダーライブのアンセムである。
そして会場のボルテージが最高潮に達するなか、繰り出されたのが「日常」であった(別パターンでは、このブロックを「日常」から始める形であったようだが、このパターンしか目の当たりにしていない身としては、もはやこれ以外に想像しづらい)。客席があっという間に真っ青に染まっていく。ペンライトのボタンを連打しながら、センターに理々杏が出てくるのを待ち構えていたら、そこに立ったのが向井葉月だったので、正直言ってかなり驚いた。
(ここからようやく、少しずつ向井の話に入っていく。タイトル詐欺のようになってしまっているが、ご寛恕いただきたい。)
--
「日常」は、アンダー曲を代表する作品である(筆者はこういうとき「〜といえる」「〜であるように思う」みたいな言い回しで留保を残すのが癖なのだが、ここではそれは必要ない)。「真夏の全国ツアー2021」時のアンケートでは、アンダー曲部門の1位。オリジナルのセンターである北野日奈子は、その投票数は驚くほど圧倒的であったと明かしている(のぎ動画「久保チャンネル #17 アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜 後編」)。「乃木坂46時間TV(第5弾)」での「バナナマン&メンバーが選ぶ!ベストソング歌謡祭」でも、表題曲以外部門の1位。「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」時のアンケートでは全曲中18位であり、トップ20のなかで唯一のアンダー曲であった。
一方で、「狼に口笛を」「ここにいる理由」「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」「嫉妬の権利」など、それ以前の時期にも代表作といえるアンダー曲は数々あるが、比較的近年の楽曲であること、および北野も約1年前までグループに在籍していたこと(および、北野はキャリアの終盤でアンダーの時期が多かったこと)、そして北野をはじめとするオリジナルメンバーが並々ならぬ思いをかけてパフォーマンスに臨んでいたことなどから、取り扱うにしてはやや“重い”楽曲として存在していたようにも思う。
そのような背景があるからこそ、オリジナルメンバーやアンダーメンバー、あるいは2期生のみならず、3期生(「3・4期生ライブ」)、4期生(「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜4期生ライブ〜」)、5期生(「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2[5期生ライブ])がみな期別のライブで演じてきたという経緯もあるし、「新内眞衣卒業セレモニー」で披露されたことや、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」で久保史緒里が、「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」で鈴木絢音がセンターに立ったことは、グループにとって特別なストーリーを形づくった。
しかし、ことアンダーライブにおいて、その“北野ポジション”を誰が務めることになるのかは、(筆者が北野に対して思い入れが強いことを差し引いても)それ以上の関心事であったといえるのではないだろうか。
北野にとって(当然ながら)最後の披露機会となった「北野日奈子卒業コンサート」に引き続いて開催された「29thSGアンダーライブ」ではセットリストに加えられなかったし、もっといえばその前の「28thSGアンダーライブ」でも、このシングルは北野が選抜メンバーだったこともあってか、披露されていなかった。「30thSGアンダーライブ」でも、6公演中5公演では披露されていなかったが、千秋楽公演において披露されることになる。センターに立ったのは、スケジュールの都合でこの公演のみの参加であった伊藤理々杏であった。
これに続く「31stSGアンダーライブ」では、全公演で「日常」が演じられ、センターを務めたのはやはり理々杏であった。その後、「乃木フェス大感謝祭」でも、理々杏がセンターの形で披露されている。こうした状況をふまえて、筆者は「日常」のセンターは理々杏に託されたものだと思っていた。
彼女は「日常」のオリジナルメンバーではない。でも、その後の経緯やたたずまいを見れば“アンダーライブの魂”のようなものを継承し発展させる過程を担ってきたことは明らかだったし、パフォーマンスの個性も考えあわせれば、筆者にとってそれは胸に落ちるストーリーであった。
それだけに、この日ここで向井がセンターに立ったのは驚きだったし(前情報も完全に遮断していたので)、胸が熱くなった。“声出し”のライブに立ち会う感覚も戻りつつあり、会場のボルテージにもあてられて、筆者も何か叫んでいたかもしれない。
アンダーライブはフォーメーションに柔軟性がある、という趣旨のことは上述したところで、単純にセンターを代えて披露されることもあっていいだろう。ただ、それにとどまらず、理々杏と林でセンターの向井を挟むフォーメーションとしたことは、それ以上の納得感や説得力のある事象でもあった。
向井は圧倒的なパフォーマンスでセンターを務め上げていた。周りを固める14人のメンバーも、全員が今回のアンダーライブ以前に「日常」を演じた経験がある。経験があるから/ないから、という単純な話ではないとは思うが、それぞれがそれぞれの「日常」を演じきっていた。しかしそのなかで、オリジナルメンバーは3人(阪口、向井、吉田)。特殊で、特別なアンダー曲だと思う。
「日常」がそんな位置づけにあること自体が、グループが積み重ねてきた歴史であり、記憶であり、経験である。イントロがかかってセンターに歩み出してきた瞬間、落ちサビで右手を掲げた瞬間、汗だくになったアウトロで不敵な笑みを浮かべた瞬間。向井葉月は確実に、乃木坂46のセンターにいた。
--
息を切らしながら、最後のMCが挟まれる。東京ガーデンシアター公演1日目は理々杏が、2日目は林が、ここで客席に思いの丈を語っていた。
そして本編最後に披露されたのが「誰よりそばにいたい」。少なくとも筆者の記憶にはこれまでなかった(筆者の記憶はまったくあてにならないのだが)、フルサイズでの歌唱であった。「愛なんてこんなものだと/なんとなく思ってたけど」、「全てを失っても 誰よりそばにいたい」。幾度となくアンダーライブで歌われてきた場面が思い出されるとともに、意識することの少なかった2番の歌詞が胸に刺さる。惹かれあう恋人たちを描いた歌詞。しかしライブの最後で歌われることで、客席との紐帯を歌っているようにも聴こえるのだから不思議だ。
アンコールではライブを盛り上げる定番曲や、本編のセットリストには含まれなかった(表題曲の)「夏曲」が改めて披露され、「乃木坂の詩」で締められた。「30thSGアンダーライブ」「31stSGアンダーライブ」と、必ずしも「乃木坂の詩」で締めることにこだわらない公演が続いていたが(いずれも千秋楽公演のみでの披露)、新時代に歩み出すにあたって、最後は基本に立ち返ったような印象をもった(千秋楽公演では、ダブルアンコールで「ロマンスのスタート」を披露)。
--
現地参戦した東京ガーデンシアター公演1日目の途中ですでに(会場や座席がすごく良かったこともあるかもしれないが)、これは明らかに「史上最高」だ、と感じていた。そのあとで、理々杏が自分はそれを目指していたのだとはっきりと語る場面があり、何度も強くうなずいてしまった。
むろん、手を抜いて取り組んでいるライブなどないと思う。でも、5期生の合流と“声出し解禁”の状況もあって、「ここで勝ちに行かなければならない」のような思いが特に強かったのではないかと思うし、そしてそれは紛れもなく実力で成し遂げられていたとも思う。
とにかく、ひとりのファンとしては、「史上最高」だったと手放しで褒めておくとともに、これからも「史上最高」が更新され続けていくことを期待したい。
■ “あの頃”の向井葉月
【乃木坂46への加入と「お見立て会」】
ようやく本題に入るような形となる。あまり表明する機会がなかったな、と常々思っていたのだが、筆者は向井葉月に対してけっこうな思い入れがある。
その源流をたどるならば、「3期生お見立て会」(2016年12月10日)ということになる。イベント本編が終わり、3期生にとって初めての握手会。2年後に行われた4期生のお見立て会の際とは異なり、抽選ではなく観客全員が参加できたため(どのメンバーとなるかは抽選)、かなりの待ち時間があった。筆者は一般発売で辛くも手に入れたV列の天空席にいたのだが、そこからは握手会を行うメンバーたちの姿がずっと見えていた。疲れを見せずにレーンに並ぶ大量のファンに対応するメンバーたち。そのなかで、最も小柄なのに、最も大きな動きをずっと続けていたのが向井だった。
向井は例えばミニライブでセンターに立ったりしたわけでもなければ、有り体に言えば、強烈なキャラクターやキャッチフレーズで印象を残したというわけでもなかったと思う。でも、握手会でのその様子を見ていて、ちょっと偉そうな言い方にはなってしまうが、「こんないい子がずっと楽しく活動できるグループであってほしい」、あるいは(ファンの側から投げかけるには曖昧であまり好きではない言い方だが)「報われてほしい」と思ったのであった(ちなみに、筆者が抽選で握手をしたメンバーは阪口珠美であった)。
その印象が強くて、「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」のときは、向井の推しタオルを買った。2日目はアリーナの前方だったので、序盤のMCで向井のほうへ掲げたら、レスがもらえたことを覚えている。それもあって、その後ずっと彼女のことを追い続けてきたのかもしれない。
【たくさんのキャラクター】
ただ、そこからはたくさんの個性が認知され、“キャラ付け”がなされていったように思う。「乃木坂工事中」の3期生紹介回では、お見立て会に続いてギターを披露したほか、“走り方が変”などの少し天然なキャラクターが印象深かった。星野みなみと井上小百合のサインボールを持っているという乃木坂ファンエピソードはいかにも強烈であり、「乃木坂って、どこ?」の#1からの視聴者で、その時からの星野推し、2期生のオーディションも受けていて、神宮には毎年行っていて、3期生に合格したので使えなくなった握手券が手元にある。相対的に見ても、かなり強火のファンだったといえるだろう。もちろん筆者よりも、ファンとしてはだいぶ先輩になる。
一方で、加入前からのファンだったメンバーも徐々に多くなり、4期生以降はそちらのほうが多数派といえるくらいの状況になっている。“ファンだった自分”との折り合い方はメンバーによってそれぞれで、向井はどちらかというとやや距離を置こうとしていたように見えた。
「今の乃木坂46にはいない存在になりたい」。アイドルが誰しもぶつかる壁といえるかもしれないが、向井も例外ではなく、さまざまな経験を重ねながら自分の個性の模索を続けていくことになる。同期でいえば、いきなり“暫定センター”に据えられ、純朴なたたずまいでいきなりファンの心をつかんだ大園桃子、「3人のプリンシパル」で圧倒的な成績を残して鮮烈な印象を与えた久保史緒里や山下美月など、グループが求めた新たなスターが“見つけられて”いく。
加入直後には、合格発表のときに並びが隣であった大園と自分を対比して、「私なんて、イジっても面白くない人間なのに」(同前)と語っていたが、それを改めて受け止めつつ、「3人のプリンシパル」などを経て、とにかくがむしゃらにぶつかっていく、という姿勢を明確にしていく。
そんな向井の様子は、6年後のいまだからあえていえば、“全力で空回りしているところが愛らしい”という感じであっただろうか。新人アイドルとはかくあるものなり、とまとめればそれまでだが、向井のそれは頭ひとつ抜きん出ていた。「前髪ビショビショ」も「私服・すっぴんがヤバい」も、初めての全国ツアーであった「真夏の全国ツアー2017」でついたキャラクターで、誕生日を顔面シュークリームで祝われていた様子が世に出たのもこの年である。
また、象徴的によく覚えているのは「ダンケシェーン」での全力ダンスで、5月の「3期生単独ライブ」でもすでに萌芽があったようだが、ツアーのなかで山下美月とともに異常なまでのオーバーアクションで踊ることが定番となる。東京ドーム公演(「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」、Blu-ray/DVDおよびのぎ動画配信)の映像が参照できるので機会があれば見ていただきたいのだが(1サビの後半にその様子がとらえられている)、あれはおそらく地方公演でずっとやっていたはずだ。
“乃木坂ファン”のキャラクターもこの頃は向井が最も色濃かったと記憶しており、佐藤楓の西野七瀬への、梅澤美波の白石麻衣への加入前からの憧れが強くクローズアップされるにはやや早く、久保史緒里がMV早口解説や“八方美人”バレンタインを経てイントロクイズを制圧し始めるのももう少し後の時期であったはずである。よく覚えているのは、「のびのび乃木坂 3期生!!」#4(MUSIC ON! TV、2017年10月22日放送)で、イントロクイズに正解できなくて、「オタクだった頃はもっとわかった」と泣いてしまう向井の姿である(このときは、久保ではなく向井に正解が期待されていたのである)。
あるいは、とにかくよく食べる、というキャラクターもあって、「乃木坂46時間TV(第3弾)」では100杯超のわんこそばを完食している。よく食べる、というのも新人アイドルが通りがちな道という気もするが、大食いエピソードはブログなどでも披露されていたところでもあり、実際本当によく食べるんだろうな、というイメージがあったような気がする。
■ ひとりのメンバーとして
【“新人”から“現世代”へ】
3期生は2017年の紅白歌合戦に出演し、明けて2018年からいよいよ本格的にグループに組み込まれていくことになる。3月には20thシングルの選抜発表の模様が放送され、向井はこのシングルからアンダーメンバーに合流する。
また、この時期には3期生のモバイルメールもスタート。向井のメールはやや独特で、つぶやきのような本文に自撮りの写真とあまり関係のないタイトルを付し、かなりの数を送るスタイルを長く続けることになる。「モバメを送るのが趣味」と言い切り、ブログのコメント欄との合わせ技でファンと交流していた記憶もある。
外形的に組み込まれるだけではもちろんなく、グループの内外において、キャラクターではなく“仕事”でクローズアップされることも増えていく。
前述の「日常」もこの年のことで、向井は2列目にオリジナルのポジションを得ている。それに先立つ「真夏の全国ツアー2018」では、山下美月のジコチュープロデュース企画で、ふたりで「行くあてのない僕たち」を披露。「行くあてのない僕たち」は、翌年2月の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」でも、岩本蓮加とともに披露している。
また、2018年には「ポケモンの家あつまる?」や「おはスタ」への出演も実現。『読売中高生新聞』の連載も堀未央奈から引き継いだ。翌年4月からは、卒業した伊藤かりんから「将棋フォーカス」のMCも引き継ぎ、3年にわたって務めていくことになる。
前年の「3人のプリンシパル」と3期生による舞台「見殺し姫」に続き、2018年4月には20thアンダーメンバーの3期生というくくりで舞台「星の王女さま」を経験。これらとドラマ「ザンビ」の経験をもとに、翌年には主演舞台「コジコジ」をはじめ、「ナナマルサンバツ」「美少女戦士セーラームーン」にも出演。コロナ禍の期間を挟んで、現在に至るまである程度コンスタントに演技の仕事にも取り組んできている。
そうした過程においては、「今の乃木坂46にはいない存在になりたい」の時期からやや変化し、“乃木坂らしさ”への思いも抱くようになっていったようである。先輩メンバーと一体で動くことが多くなったこともあるだろうし、グループ外での仕事を経験したということもあるだろう。
あるいは、ずっと憧れてきた星野みなみとの距離感も、少しずつ変化し、縮まり始めたようであった。
向井はここでは「なかなか積極的にいけない」としながらも、星野との交流のエピソードをいくつか紹介し、改めて星野への憧れを語っていた。
加入当初「憧れで目標じゃないんです」としていたのと同じように、星野とのキャラクターの違いをふまえて、「私はかわいい系にいけない」と語る向井を、星野は「いまのままでも十分かわいい」「愛されキャラだと思う」と励ます。
このインタビューでは、キャラクターを「作る」ことについて、星野がこのように語る場面が続く。
「昔もいまも変わってない」と本人が語る通り、星野は確かに“ずっと自然体”で、キャリアを積むにしたがって、それがどこか超然と映るほどだったように感じる。加入当初、キャラクターをかき集めているようであった向井とは一見対照的に映るが、“全力”こそが彼女のナチュラルであったと考えると、本質的な違いは小さいのかもしれない。
ただ、そこに“違い”があるとすれば、“全力”はえてして変化をともなう。それは成長として現れることもあれば、方向転換として現れ、それがときに変節と映ることもある。
【“選抜”への思いと距離】
当時の向井の“全力パフォーマンス”を見ていると、「ダンケシェーン」を筆頭に、それはおおむねいつもすごく楽しそうであった。彼女のキャラクターやバックグラウンドをふまえて、それを「乃木坂46でいることが楽しいんだろうな」のように見ていたこともあったかもしれない。
筆者はことあるごとに北野日奈子と「アンダー」の話を持ち出してくる癖があり、今回もそれなのだが、ファンとして過ごしてきた時間における強力な縦軸なので、補助線として用いることをご寛恕いただきたい。
向井は20thシングルでアンダーメンバーに合流し、グループはこの体制で「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」ごろまで活動することになるが、このときに向井は初めて「アンダー」を演じることとなる。楽曲のオリジナルセンターのひとりであり、休業から復帰してアンダー側のチームに合流し、このときのセンターに立った北野は、向井のパフォーマンスについてこのように言及している。
選抜/アンダーのしくみに具体的なワードで言及した「アンダー」は、1・2期生のオリジナルメンバーに対しては特に衝撃を与えた楽曲であったと語られる。パフォーマンスでは、歌詞の主題や趣旨、あるいは自らの思いをふまえて、いくぶん表情を緩めて演じるメンバーも散見されたと記憶するが、レコーディングの際にはメンバーが次々に涙してしまったというこの曲を、このときの向井ほどの笑顔で演じていたメンバーは他に思い当たらない。
「アンダー」は、これに続く「真夏の全国ツアー2018」の全公演でもセットリストに加えられるが、向井の演じ方はほぼ一貫していた。そして次の披露機会が、この年の暮れの「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」であったのだが、しかしこのときには演じ方のニュアンスが大きく変わり、フォーメーション全体としてのトーンとおおむね合う形となっていた。
北野は前掲のインタビューでも「あの曲は人それぞれ捉え方が違う」とし、こうした趣旨の発信を一貫して続けていた。だから、向井の演じ方に外から修正が入れられたというよりは、他のメンバーの演じ方を受け止めた部分を含む、向井の内面の変化が反映されたものであったのではないかと感じている。そして、そのように自らの変化を反映させながらぶつかることこそが、“全力”なのだと思う。
「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」は22ndシングルの体制で臨まれたものであり、このとき3期生は選抜6人、アンダー6人という構成であった。選抜/アンダーが半々というバランスは、当時のグループ全体のバランスとほぼ重なる。
そうした状況のなか、グループは11人の4期生を迎えてもいた。アンダーへの合流から1年が経とうとしており、後輩としての意識とひとりのメンバーとしての意識が相半ばするような時期にあって、向井も少しずつ、“選抜”への思いを表明していくことになる。
次の23rdシングルでは、選抜メンバーの人数が増加したこともあいまって、8人の3期生が選抜入りする。一時活動休止にともないこのシングルに不参加であった山下美月とあわせて、9人の3期生が選抜を経験したことになる。この9人は現在に至るまでに複数回選抜入りしている一方、残る3人(向井および中村麗乃・吉田綾乃クリスティー)は現在に至るまで一貫してアンダーメンバーとして活動している。
当時は長らくアンダーメンバーとアンダーライブを支え続けた伊藤かりんがグループを卒業するという頃でもあった。10thシングル時に当時在籍の1期生は全員一度は選抜入りした一方、2期生はそのかりんをはじめ、正規メンバーに昇格した11人中4人が、最終的に選抜未経験のままグループを離れている。
ただ、「アンダーでもできることがある」として、選抜入りではない道を自らの力で切り開いていったのもかりんであった。将棋、食レポ、ディズニー、謎解き。当時から現在までずっと、かりんはかりんのままで走り続けているという印象をもつ。メンバー内では“有能”として親しまれ、連続性のあるコンテンツとなっていったアンダーライブを支えたのみならず、「アンダーでMステに出よう」「2期生でライブをやろう」と、メンバーへのエンパワーメントも欠かさなかった。
一方で、“アンダーの3期生”(これも北野の言い方なのだが)には、その立場に独特の難しさがあるようにも感じる。「選抜でなければ仕事がない」とでもいうような状況にグループはすでに置かれておらず、選抜/アンダーというしくみは存置され、全員が“選抜”されるべく活動する、というニュアンスはいくぶん残され、「推しメンに選抜に入ってほしい」と、イノセントに声を大にするファンも多い。
しかし、ライバルのメンバーを定めてそれに勝つ(もっといえば、蹴落とす)、というような行動様式がみられるわけでもなく、それが称揚されるわけでもない。目標を定めにくく、努力のしかたがわからなくなったことがあった、という趣旨の発言を、メンバーから聞くことも多くあるという印象だ。
「乃木坂はメンバーの仲がいい」みたいな言い方が、いつの頃からかよくされるようになった。“そう見せたい”“そうあってほしい”という気持ちもどこかにあったかもしれないが、結局はそれが事実であったから広まっていったのだと思う。それぞれの持ち場でそれぞれの仕事をする。それがグループ全体にも還元される。そうしたサイクルをフォーカスして見たときに、グループの出発点にあった“選抜/アンダー”のしくみがむしろ宙に浮いて見えるようなこともあり、“アンダーの3期生”は特に、それを心のなかにとらえ損ねることもあったかもしれない。
向井は翌年のインタビューでも、前掲のものと重なるような発言を残している。
「選抜がすべてはない」、自分の居場所を自分で見つけて、「ここで生きていく」。この時期における、アンダーの時期が長いメンバーのとらえ方としては、それが主流な向きだったかもしれない。筆者はどちらかというと、選抜とアンダーの境界線上で戦い続けた北野の姿に心を寄せていたほうだったが、その向こうにいる多くのアンダーメンバーのしなやかな力強さや決意に心を打たれることも多かった。
■ “乃木坂人生”を歩く
【それでも、一歩ずつ前へ】
一方で、前掲のものと同じインタビューで、向井はこのようなことも語っていた。確かにそうした時期もあったのだが、ここしばらく、頼もしくアンダーライブを支え続けている向井の姿を印象深く見ていると、もはやあまり直感的でない発言にも映る。
「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」を境に、いわゆるコロナ禍で一時活動がストップすることになるが、それに続く有観客公演であった「アンダーライブ2020」で、向井は「涙がまだ悲しみだった頃」のセンターに立つ。これが、向井にとって初めて“センター”を務めた機会であった。アンダー曲全曲披露のセットリストにあって、「なみころ」は向井がファン時代から大好きだった曲であるという。
このときのアフター配信で、向井は2021年の目標として「もう一回センターをやる」と掲げる。実際に、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜3期生ライブ〜」では「僕が行かなきゃ誰が行くんだ?」のセンターに、「アンダーライブ2021」では「13日の金曜日」のセンターに立つ。グループのなかでコツコツと積み重ねてきたキャリアが、少しずつ目に見える実を結び始めていた。
【愛される力と誠実さ】
コロナ禍で繰り延べになっていた白石麻衣の卒業コンサートが無観客・配信形式で開催されたのが2020年10月28日。この頃から再び、メンバーのグループ卒業が相次ぐようになり、特に2021年に入ってからは、恒常的に卒業公演が開催されているような、そんな期間が続いていくことになる。
その白石麻衣の卒業コンサート「NOGIZAKA46 Mai Shiraishi Graduation Concert ~Always beside you~」で、向井は松村沙友理とともに「渋谷ブルース」のギターを担当する。向井の「渋谷ブルース」はこのときがすでに3回目。深川麻衣・橋本奈々未の体制で始まった同曲のギターは、「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」より川村真洋・松村沙友理の体制となり、「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」より松村・向井の体制となっていた。
顔出しができなかったSHOWROOM審査のなかで、目立った特技がないからと始めたギター。「お見立て会」でも「乃木坂工事中」スタジオ初登場でも「3期生単独ライブ」でも、ずっと披露してきた。グループのファンだった向井にとって、「渋谷ブルース」の披露は加入当初からの夢でもあった。
「渋谷ブルース」以外にも、アンダーライブや3期生ライブなどで向井は何度もギターを披露する機会を得ている。現役メンバーでも、岩本蓮加や掛橋沙耶香、筒井あやめ、五百城茉央、奥田いろはなど、ギターを弾くメンバーは多くいるが、向井はその筆頭にいるといえるだろう。それはずっと続けてきたからこそだし、ライブで起用されるたび、それに応えてきたからこそだ。
2021年6月には松村の卒業コンサートが開催されるが、向井はそこで「でこぴん」のセンターに起用される。白石麻衣のポジション、赤い衣装。盟友の白石がグループを離れた松村を気づかって積極的に声をかけた向井に応えて、松村本人が人選したものであったと伝えられる。
ここにきて蒸し返すのも申し訳なく感じるが、加入当初に「ファッションがヤバい向井葉月」を「乃木坂工事中」に引っ張り出してきたのが松村である。“愛あるイジり”のままで終わらずに最後までプロデュースし続ける。ふたりの人柄がよく表れたエピソードだったように思えた。
このほか、2021年12月に開催された生田絵梨花の卒業コンサート2日目で、向井は「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」のセンターに起用される。28thアンダーメンバーをベースとしたフォーメーションで生田とともに披露したということではなく、直前に1期生による楽曲披露があったため和田まあやを欠く状態でもあったが、純度の高いアンダーメンバーのパフォーマンスがグループ全体のライブで披露された場面で、向井はそのセンターに立ったことになる。
「でこぴん」や「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」のイントロがかかって、向井がセンターに出てくることを真っ先に予想するファンは少なかったと思う。特に「でこぴん」の際には、“声出し禁止”最盛期の客席でさえかなりざわついていたような記憶もある。そんな状況でも、向井はそれをサプライズの飛び道具では終わらせずやり切っていた。
「もう一回センターをやる」。1年前に掲げたその目標を、大きく超える結果を残した2021年であった。
【空白期間と転機、「本当の自分」】
この2021年の半ばには、そうした外形的な結果だけではなく、向井のなかで何か転機というか、心持ちに変化があったようでもあった。
2年ぶりの「真夏の全国ツアー2021」が開催中であった7月末ごろ、何年にもわたってかなりの数を送り続け、この頃にもまだ日に10通以上届くことも珍しくなかった向井からのモバイルメールが途絶える。2週間ほど途絶えたあと、ぽつぽつと届く期間が続き、結局8月は数通の発信にとどまった。
この間、オンラインミート&グリートにも「体調不良」として欠席となるなど、やや心配な状況が続いた。ツアーの愛知公演や福岡公演、あるいはこの頃には27thシングルの配信ミニライブも開催されたが、これらには通常通り出演しており、ステージ上ではあまり変わった様子もなかったと記憶している。
その後は特段のアナウンスなどもなく、9月に入った頃から活動のペースは戻っていくのだが、モバイルメールの文体やトーンに変化がみられるようになる。簡単のためにあえておおざっぱな表現をするならば、かなり「アイドルっぽい」書き方に変わった。この頃はまだメールでも何か表明したりするようなことはなかったように思うが、「28thSGアンダーライブ」の期間中の10月27日、向井は約2ヶ月ぶりにブログを更新する。
「本当の自分で乃木坂にいたい」。たくさんのキャラクターを携えて走ってきたキャリアは6年目に入っていた。この間にグループは4期生および“新4期生”を迎え、このときには5期生のオーディションも進行していた。その段階にあって、「今年乃木坂に加入した新人さんと思って」改めてスタートを切るというのは、相当な勇気の要る、不退転の決意だったといえるのではないだろうか(このような立てつけの記事だからあえて重ねていうならば、それこそ「次の駅で降りよう/そこがどこであろうと関係ない」とでもいうような)。
あまり粒立てて語るようなことでもないが、アイドルが世に出たキャラクターのまま最後まで走りきるのはまれであり、だいたいどこかのタイミングで“軌道修正”が入る。あるいは“キャラ付け”のみならず、10代ごろから大人になっていく活動期間にあって、内面はどんどん成熟していくものだ。デビューの頃のキャッチフレーズをあとあとになってイジられるみたいな、お決まりの微笑ましいくだりはそのあらわれだが、それ以上にもっと悩んでいる様子がみられることもよくある印象である。
コア層でない多くのファンはどうしても昔のイメージでメンバーを見てしまうし(あるいは新しいファンも、とりあえず一生懸命「乃木坂工事中」を遡るだろう)、一方でコアなファンこそ“昔のイメージ”が好きだった、という側面もあるだろう。そんなファンを器用にいなしながら歩いていったり、あるいは自分をある意味で頑固に発信することが上手だったりするメンバーもいるなかで、はっきり言ってしまえば、完全に壁にぶつかってしまうようなケースもあるように思う。向井はそれにあたる、と言い切るのではないが、そうした心配が筆者のなかで少しあったのは確かだ。
そして自らの変化を、ブログで広く宣言する形でファンに伝えるというのは、いつも“全力”の彼女らしくもあった。
もう少しいえば、そのような状況にあって、どちらかというと“かわいい系”の方向にスタンスが振れていくのはまれな現象であるようにも思う。アイドルとなると、そちらの方向に“作る”ケースが多いからだ。
ただ、向井は“かわいいイメージ”を塗り固めようとしていたということでは決してない。(カエルをかわいくないものの代表みたいな文章の流れにしてしまって怒られるかもしれないが、)例えばイエアメガエルの「こめたん」と「ぱんた」を飼い始めたことを公表したのもこの頃である。2022年初めの放送回では「乃木坂工事中」のスタジオにも連れていき(#343)、秋元真夏や齋藤飛鳥らの身体に乗せてスタジオを混乱に陥れたりもしていた。その様子がやたら楽しそうで、自分自身に対してフラットに活動できているんだな、と思った覚えがある。
上掲インタビューにも言及があるが、Instagramのアカウントを開設したのもこの時期(8月23日、22歳の誕生日に開設)。グループあるいは3期生としては、大園桃子のグループ卒業という時期でもあった。
またこの時期について、向井は「10キロやせた、に到達したのは今年の8月なんですよ」と明かしてもいる(Blu-ray「乃木坂ライブ潜入中」のメンバーコメンタリーにおいて)。同Blu-rayは2022年1月の発売であるが、コメンタリーをつぶさに聴いていると、収録は9月ごろであったとみられる。ともにコメンタリーを収録していたのは新内眞衣と矢久保美緒で、「昔のイメージを消しきれない」という話の流れでのことであった。
あまり体重のことを言及する、特に減量した数字ばかりを称揚するのはよろしくないし、ビジュアルが求められる仕事とはいえ、何よりも健康が第一である。また、身長152cmの向井にとって10kgは相当な数字であるが、急激に落としたという趣旨ではなく、継続的に節制して、この時期にその数字にたどり着いた、というニュアンスでもあった(あるいは、年齢的な部分もあるだろうか)。
「昔のイメージ」の話題について、新内は「私いまだに『水泥棒』を言われるよ」と笑いに変え、ラジオパーソナリティとしてのキャリアに触れながら、「新しいキャラを上乗せしていくしかない」とアドバイスを送っていた。また、イメージを変化させるためには自分からも周囲からも発信していくしかないとし、「確実に葉月は綺麗になっています」と呼びかけた。
「本当の自分」とは、素のキャラクターでいく、ということであると同時に、「なりたい自分に向けてまっすぐ努力する」ということでもあると思う。筆者としては触れるか迷った話題であったが、向井が努力を続けてきたこととそれに対して一定の自信を持っているようであること、そして新内が応じた趣旨もふまえて、ここに記させていただいた。
「28thSGアンダーライブ」は、卒業する寺田蘭世を送り出す公演でもあったが、向井はそこでMCの回し役を務めたほか、佐藤璃果・矢久保美緒とのユニットコーナーで「海流の島よ」をギターで披露。アンダーライブを支えた先輩メンバーの卒業も続いていくなかで、安定感のあるステージを見せていた。
【「選抜を目指してもいいんだよ」】
長くなってきたが、この時期の向井について、もうひとつ触れておきたいことがある。3期生として最後の“新選抜メンバー”の誕生から2年半。「選抜がすべてではない」と発言した時期を経て、その点の気持ちのもち方もこの頃に変化があったようである。
例によって北野のエピソードなのだが、辿ったキャリアや当時のポジションからして、全メンバーのなかで北野しかかけることのできない言葉だったのではないかと思う。
このエピソードは北野の側からも語られているので、そちらも引用したい。
北野はかつて、活動のスタンスについて、向井と自分を重ねて述べていたこともあった。長くずっと、気にかけている存在でもあったのだろう。
また、この年の12月には、星野みなみがグループからの卒業を発表する。お互いに遠慮があったという時期は過ぎ、星野は向井に「早く選抜に来て一緒に活動しようよ」のように声をかけていたのだという。
向井にとっても、それはひとつの目標で夢だったかもしれない。その夢は叶わなかったことになるが、向井はくじけずに、思いを新たに前向きに活動を続けていくことになる。
■ “シンデレラストーリー”を描いて
【「君は君の道を行け!」】
2021年の年末は、紅白歌合戦で「きっかけ」を披露し、生田絵梨花をグループから送り出すタイミングになった。すっかり年末の恒例行事となった、紅白からのCDTVの年越しスペシャルの流れ。番組序盤で4期生が「I see…」をパフォーマンスし、改めて乃木坂46の出番があった。
高校生メンバーが出演できない深夜の生放送は、フォーメーションのドラマを生む(井上小百合の「何度目の青空か?」はいまでも語り草だ)。向井はここで初めて、音楽番組への代打出演(選抜扱いのポジションでの出演)を果たすことになった。
披露されたのは「ごめんねFingers crossed」と「僕は僕を好きになる」。特に「僕は僕を好きになる」は、同期で同い年であり、仲が良い山下美月のセンター曲であっただけでなく、2列目のポジションで星野みなみと並んでパフォーマンスすることにもなった(星野は堀未央奈のポジション、向井は大園桃子のポジション)。
2022年2月10日には、星野みなみの卒業セレモニーが開催される。この日を最後に芸能界を去る星野は、向井とふたりで「無口なライオン」を披露する。優しい笑顔を向ける星野に対して、向井は途中から涙が止まらなくなる。そんな向井に星野がハグをして、歌唱が終えられた。
星野は「無口なライオン」最後のオリジナルメンバーで、ふたりが身を包んでいたのは、いわゆる“額縁衣装”。そこにあったのは、あまりにも純度の高い、“向井葉月が愛した乃木坂46”であった。「ああ 自分を偽って/生きることより/そう 苦しみながら/君は君の道を行け!」。落ちサビのその歌詞が、これからの向井に向けられているようにも聴こえた。
リハーサルから泣いてばかりであったという向井は、アンコールで星野に対してメッセージを送る場面でも、涙、涙であった。ふたりで選抜で活動する夢は叶わなかったけれど、「今日ふたりで立てたステージはそれ以上に本当に幸せな時間でした」。2022年2月10日。卒業は寂しいけれど、その日は確実に、向井のキャリアのなかで記念碑的な日となった。
【シンデレラストーリーが始まる】
この年の2作目である30thシングルは、長らく“リーダー”としてアンダーライブを牽引してきた和田まあやにとっての最後の参加シングルとなった。そのアンダー曲「Under's Love」で、向井は「日常」以来7作ぶりに2列目(最後列ではない:「滑走路」は2列編成の2列目であった)のポジションを与えられる。
和田にとって最後のアンダーライブとなった「30thSGアンダーライブ」の千秋楽公演では、「私たち11人はまあちゃんを送り出せる選ばれたメンバー」と口にして、和田への敬愛と、つくりあげてきたアンダーライブへのプライドを表現した。
このときのアンダーライブは、東京で3公演、大阪で3公演という形であった。東京公演と大阪公演の間で、向井は和田とともにインタビューを受けている。
続く31stシングルのアンダー曲「悪い成分」では、アンダーメンバー10人・2列編成のフォーメーションではあったが、初めてフロントのポジションに立つ。向井は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」で「自由の彼方」のフロントに立ち、アンダー曲でフロントに立つという目標を持つようになっていた、というのは前掲した通りだ(『日経エンタテインメント! 乃木坂46Special2020』p.123)。その目標を、約2年ごしに達成したことになる。
前稿「アンダーライブで見た“乃木坂46のすべて”(乃木坂46・31stSGアンダーライブによせて)」でも触れたところであるが、このときの「31stSGアンダーライブ」には日替わりでメンバーによる「決意表明」のパートが設けられていた。12月16日の大阪公演1日目において、向井はこうした状況をふまえて、「自分はゆっくりだが目指す場所に近づいている」「シンデレラストーリーを見ていてほしい」として、さらに前へ進んでいく意志を明確にしていた。
また、このときのアンダーライブに向かうくらいの時期のインタビューでは、アンダーライブをまとめる立場としての自覚を表現してもいた。
そして今回の32ndシングルの「さざ波は戻らない」では、ダブルセンターの脇のポジションを得て、とうとう3列編成のフォーメーションにおいてオリジナルメンバーとしてフロントに立つことになる。
「32ndSGアンダーライブ」での向井の活躍は本稿前半でも述べた通りで、このシングルよりグループは完全に3・4・5期生による編成となったタイミングでもある。押しも押されもせぬ先輩メンバーとしてグループを引っ張っている姿が頼もしい。向井は「史上最強」の呼び声のあった32ndアンダーメンバーをまとめる役割を、確実に担っていた。
さらにこれらの時期において、向井は30thシングル所収の「夢を見る筋肉」、32ndシングル所収の「Never say never」と、2曲のユニット曲に参加してもいる。長らくほぼ選抜メンバーのみを対象にあてがわれてきたユニット曲であるが、近年はユニットメンバーに明確なコンセプトを持たせ、選抜/アンダーにこだわらず制作されるようになっており、その流れの一部であるとも説明できるが、そこに選ばれることこそが、向井がその個性をグループのなかで発揮していることの証左であろう。「夢を見る筋肉」はギターとして。「Never say never」は野球ファン、埼玉西武ライオンズファンとして。向井のパーソナリティをしっかりととらえた選出である。
【「乃木坂の塊」へ】
向井がかつて口にしていたフレーズに「乃木坂の塊」というものがある。成人式の絵馬に書いたというもので、向井らしいセンスだとも感じるが、3年以上前のものでもある。
しかし、これまで筆者なりに振り返ってきた向井の歩みを見ていると、いかにもその通りになっているな、とも感じる。そして「メンバーみんな」というのは、いまとなってはもちろん現役メンバーだけに限るものではなく、彼女が乃木坂46で出会ってきたすべてのメンバーを指すものだろう。
最後まで北野の話になって申し訳ないのだが、「日常」のセンターに立つ向井の姿に触発されて書いてきたnoteだから許してほしい。
北野はグループ卒業に際して、卒業コンサートにおいては和田まあやから、「努力・感謝・笑顔そのもの」と評され、乃木坂46運営委員会委員長・今野義雄からは、「お前こそが乃木坂だ」という言葉を贈られたという。ここまで書いてきて、「乃木坂の塊」というフレーズも、それと重なるもののように思えてきた。
考えても考えても、どうやっても未来のことはよくわからなくて、でも確かにいえるのは、これからもずっと、向井は向井なりの全力で、すべてのことにぶつかっていくだろうということだ。
これから紡がれていくのはきっと確かに“シンデレラストーリー”だ。間違いない。だって向井葉月は、“乃木坂46”だから。
--
思ったより大作になってしまいましたが、加入から自分なりに向井さんを見てきた者として、思いの丈のようなものをある程度書くことができた気がします。
これからも彼女の歩みを見届けていければと思います。
(この分量になるなら、ブログのほうで書けばよかったかなあ……と思わないでもないです。)