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注射でなごむ
ペチュニアという花をしっていますか?私は花にくわしくはないのだけれど、しらべてみると、ペチュニアには素敵な花言葉がある。
その花言葉は、
「心がなごむ」
だそうだ。
私は彼の名前はおぼえていない。
彼も私のことはおぼえていないだろう。それでも、彼はあの日のできごとは忘れないだろう。
私は彼のことを「ペチュニアさん」と勝手ながら名前をつけた。
ペチュニアさんとの出会いは、とある病院の採血室だった。
私には7歳の息子がいる。
息子は健康診断の結果、詳しい検査が必要になったので、地元の病院につれていくことになった。
大きな病気があるわけではないのだけれど、とある理由で採血検査をすることになったのだ。
息子は採血室に入る前から、注射をいやがっており、おおきな声で「注射はいやだぁぁぁ~」と、大粒のなみだで泣きさけんでいる。
泣き止まぬ息子をどうにかこうにかなだめながら、採血室につれていく。
息子に対して「注射はすぐに終わるから大丈夫だよ」といったものの、慰めになるはずもなかった。
息子からしてみれば、注射がすぐ終わることは問題ではないのである。注射の行為が恐いから泣いているのである。
採血室にはいると3人の看護師がいて、そのうちの一人がペチュニアさんだった。
みたところ、ペチュニアさんは新人の看護師で、あとの2人はベテラン
看護師というかんじだ。
ペチュニアさんは男性で、細身で色白の20代前半に見てとれる。採血になれていないのか、かたい表情をしている。
頼りなくみえるペチュニアさんが採血を担当するのがわかり、心配になった。
だけれども、これからの医療を担っていくために、若い人の実践は必要なのだとわかっているので、ペチュニアさんを信じることにした。
いよいよこの時がやってきた。ひとしきり泣いた息子は覚悟をきめて、椅子に座り、採血台に腕をおく。駆血帯を腕に巻く。
ペチュニアさんは針を刺すため、腕の血管をさがしているが、ちょうどよい血管がみつからずに苦労している。
息子はぐっとまぶたを閉じて、注射の恐怖とたたかっている。
息子の腕に針が刺さる。私は息子を見守りながら、
「がんばって!」と祈りのような応援をする。
採血はすぐに終わるとおもっていたのだが、針は血管をとらえることができずにいた。血管をさぐるために、針の抜き差しがなんども続く。
あまりの激痛にたえられず、息子は「いたい! いたい!」と泣き出した。
しだいにペチュニアさんがそわそわしだして、落ち着きがなくなる。ベテラン看護師も心配におもったのか、採血室の空気が張り詰める。
そのとき、あまりの痛みのためか、息子がグッと鼻から息を出し、鼻水がどばぁっと飛びだした。
息子は思わず笑ってしまう。それを見た私と看護師たちもつられて笑ってしまう。
まもなくして、くだに血液が流れだした。
息子の鼻水がみんなの笑顔を生んで、場の空気感をなごませたのだ。
そして無事に採血を終えることができたのだった。
私はこどもの奇想天外な反応がすきだ。
こどもの予測できない反応が、一瞬にして人の心をなごませることができるのだ。