見出し画像

バトンを受け取る

 結婚式場のドアオープンは参列者の視線が父と花嫁にあつまる。
 花嫁をエスコートする父の姿はステキである。
 わたしの妻のお父さんは、式場の空気を凍り付かせるような活躍をしてくれた。


 わたしたちの婚約がきまるまえに、妻のお父さんは階段からすべり落ちる事故にあい、頸椎けいつい損傷して右半身にマヒがのこってしまった。 
車いすが必要な状態だった。
 この状態では結婚式で父親としての役割を果たせるか、大きな不安があったとおもう。 
 それでも、「娘と一緒に歩きたい」を目標にリハビリに挑まれた。


挙式はロイヤルパークホテル東京に決まった。その後は息をつく間もなく当日がやってきた。
 結婚披露宴は和装の人前式(※1)をえらんだ。
 参列者が式場内で新郎新婦の入場を待っている。
 式場の入り口の扉が開き、しっとりした落ち着いた曲とともに羽織袴はおりはかまの新郎が入場する。
 高砂たかさご(※2)の前で新郎は振り返り、しっかりと前を向き花嫁と父を待つ。

 おごそかな曲とともにゆっくりと扉が開く。
 花嫁はあでやかに色打掛いろうちかけを着飾り、父とゆっくり歩きだす。
 花嫁は父のうでにそっと手をまわし、父は娘のうでをしっかりと受けとめる。
 2人をひかりの柱がつつみこむ。ひかりの粒が輪舞りんぶしてあふれだし、祝福を演出している。
 父と花嫁が寄り添いあるくすがたは、2人の軌跡をゆっくりとかみしめているようだった。
 わたしが心を奪われているさなか、一瞬のできごとだった。
 新郎のことろへむかう道半ば、父の体がよろめいたのだ。倒れそうになる父がコマ送りに見える。
 会場の空気が凍り付いたように感じた。
 危険に気づいた花嫁は、父のうでを引っ張り上げる。父も体を反らしてふんばりぬいた。
 そのあとは父と娘で支え合い、いっぽ、いっぽ、新郎のもとへ歩ききった。
 三位一体となり、わたしはお義父さんからバトンをあずかった。
「かならず大切にします」と、わたしは約束をした。
 お義父さんは言葉なく涙を浮かべていた。


 この日、この場所で娘と共に歩くことが父の喜びだったのだとおもう。
 エスコートは男性が女性に付きそうことを意味するが、花嫁が父をエスコートする姿もステキである。
 お義父さんは4年後に永眠された。
 わたしはバトンを受け継ぎあるきつづける。



(※1) 
人前式は、結婚の誓いを参列者に証人になってもらう挙式のこと。

(※2)
高砂たかさごは新郎新婦のすわるメインテーブルのこと。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?