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Day②-1 エルサレム 無計画は災いの元

無邪気さは時に凶器に

目覚めると、視界は真っ白。
そうか、寝ていたのは天井まで1メートルもない
とてつもなく高いところにあるベッドだった。
下に降りる階段が急すぎる。
これまでに何人か滑落してるで、絶対。
 
それにしても、まだ朝の5時30分か。
昨日は何やかんや疲れ果てて
一度は床で寝込んじゃったもんな。
寒さと床の硬さで起きたけど。
 
それにしても、腹が減った。
昨日の晩飯はビール2杯とおつまみのオリーブ。
そして、部屋に戻ってから飲んだハイネケンと
とんがりコーンもどきだけ。
どうりで腹が減るわ。
 
部屋のチェックアウトは11時。
それまでに、昨日は叶わなかった
「城壁の上歩き」を果たしておきたい。

にわかに立てた計画では、この日のうちに
パレスチナ側の都市・ベツレヘムに移動したい。
もうベツレヘムのホテルも予約しちゃったし。
で、チェックアウトしてからだと、
巨大なバックパックを背負ったまま
「城壁の上歩き」をする羽目になる。
それはさすがに重た過ぎるので避けたい。

9時20分前に、軽装のままホテルを出発し、旧市街へ。
チェックアウトまでは、1時間40分あまり。

しかし、腹が減った。
フレッシュジュースでごまかすか?
初日にザクロジュースを飲んだ店を覗く。準備中。
もう一つ近い店。ここも準備中。
ダメだ、腹減った。
無口そうな男性がやってる売店みたいなところに突入。
奥にスイーツのショーケースを発見。
これは…エクレアか?
 
男性に、エクレアとパック入りのカプチーノをオーダー。
支払いの段で、急に「漢字はわかるか?」と問われる。
スマホで見せられたのは、中国語の映像。
しばらく見入る。
わかるかいな、そんなん。僕、日本人なんです。
男性に見せられたのは、
石碑みたいなのにぎっしり書かれた漢文を映しつつ
超速の中国語でまくし立ててる動画。

そんな、ドヤ顔というか、
期待に溢れた表情で見つめられても困る。
日本人は、中国語わからないの。
そう説明しても「Ah ha?」 って感じ。
 
いろいろ話してわかったこと。
彼が言いたかったのは、
自身の先祖がメソポタミア文明が興ったイラク出身で、
中国にキリスト教を広める役目を果たしていた、
ということのよう。
 
僕のことを中国人だと思い込んだ彼には、
いくら日本人だと説明しても「それが何か?」って感じ。
日本は一時期、中国を支配してたから、
その時に混血したんじゃないかと尋ねる彼。
君はだから見た目が中国人なんだって。
…何かいろいろ違う気がする。
満州国の歴史はとても浅いのよ、これが。
世代を繋げられるほどの期間、存続してないの。
 
いや、そんなことしてる場合じゃないのよ。
11 時チェックアウトなの、私。急いでるのよ。
無口だと感じた第一印象、撤回しますから。
会話できたのはありがたい。
でも、このへんでおいとまさせてくださいな。

中国とか日本とか東アジアに興味がある男性 エクレアは美味でした

露骨に足元を見てくるタクシーのあんちゃん

「城壁の上歩き」のチケットは、
今日も閉鎖してるツーリストインフォメーションの隣、
町の旅行屋さんが販売を代行。
25シェケル(1000円弱)。
歩かせるだけやのにけっこう取るやん、あなた。
いいのよ、別に。その価値さえあれば。
 
「城壁の上歩き」は、その名の通り
旧市街を取り囲む城壁の上をひたすら歩くだけ。
景色は、旧市街の外側を眺めても、まあそんな感じ。
想像の通り。

内側に目を移すと、思いのほか学校が多いことに気づく。
キリスト系、イスラム系。高校から幼稚園まで。
城壁自体は16世紀、
オスマン帝国の時代に作られたんだってさ。
どうりで起伏が多いのね。いや、関係ないか。

そして、その歴史とは裏腹に、
城壁を構成する石の一つ一つはきれいなまま。
500年も歴史がある城壁だって
にわかには信じられない人もいるかもね。

一方、日本のお城と同じで、
見張りの兵士が外を監視するための隙間は
外に向かって狭くなってるところも。
ひょんなことから、ここが戦場だった過去に思いを馳せる。

城壁の際を歩き続ける 時には起伏や階段があり筋トレにもなる
城壁の上から旧市街を見ると住宅・商店・学校・聖堂が極度に密集

 けっこう、城壁の上のルートは長い。
そして、意外とアップダウンが多い。

これまで城壁の内側の道をうろちょろしてた印象では、
すぐに城壁の端から端まで行けるような感覚だったけど、
距離感を完全に見誤ってた。ちょっと舐めてたかな。
パーカーを脱いでTシャツになっても暑い。
そして、時間が危うい。

他の観光客がゆっくり歩くのを横目に、
自分ひとり、小走りのトレッキング。
何だ?あの日本人は。
城壁の上で、一人だけ異質な観光客に。
 
やっとたどり着いた出口は、城壁東側のLion門。
この時すでに10時40分。チェックアウトまで20分。
すぐにタクシーに飛び乗れば間に合う!
いや待て。タクシーがいない。

大型バスと乗用車が競うように
クラクションのコールアンドレスポンス。耳が痛い。
とりあえず、元来た城壁に沿って外側の道を早歩き。
なかなか通らないな、タクシーは。

外側から見た城壁 この石造りの構造物が4.5kmもつながっているという

気づけば10時50分。
城壁北側のダマスカス門あたりに到着。
ここは、アラブ系住民が多く行き交うエリア。
タクシー乗り場を発見!
さっそく交渉。

65シェケル。
高い!
空港からエルサレムまでそれくらいでしたよ、お兄さん。
ってゴネても、全然聞いてくれない。

20シェケルでどうだ!
今日はシャバットで台数少ないの。
65シェケルが嫌なら、他のドライバーに聞けよって。

聞いてみた。
「俺は関係ない」って露骨に避けられる。
…旦那、そりゃないよ。何か不文律でもあるんだろう。
でも、困ってるのよ、私。
65シェケルのお兄にもう一度。50シェケル!
オーケー!一発回答。
そんなあっさりなら、40から刻んだらよかった。
でも時間がなかったから諦める。まあいい。
 
車が走り出すとそのお兄、
意外といろいろ話しかけてくるやん。
エルサレムは初めてか?
これからどこに行く?
僕が答えた後の返しは、いつも「Welcome!」。
口癖か?悪い気はしない。
 
いずれにしても、こういう旅に焦りは禁物ですな、ほんと。
窓から入ってくる風で頭を冷やす。
 
11時05分、ホテルの部屋に到着。
急いで荷物をまとめて、
11時11分に無事?チェックアウト完了。
フロントのオリビア、今日も優しいね、あなた。
チェックインのときも丁寧だった。

「Everything is good?」
ホテルに問題なかった?って笑顔で言われる。
んー、問題はいろいろあったな。
トイレットペーパーなかったり、
セキュリティ甘かったり、
ベッドの高さが異常だったり、
ベランダがハトのフンまみれだったり…。
でもいいの。笑顔で送り出してくれるなら。
「とてもよかったよ」って笑顔で返したよ。
 
そして、フロント脇のベランダをお借りして
愛する妻と娘とテレビ電話。
2人は夜の日本から。
何か嬉しいね。笑顔の2人を見られて。
そして、娘はずっと変顔ばっか見せてくるし。

娘は言う。「何で外明るいの?」
そうだよね、同じ時間に電話してるのに。
日本は夜で、エルサレムは昼間。7時間の時差がある。
何でだろう、不思議だよね。
実はね、地球は回ってるんだよ。丸くて大きいの。
今度帰ったら、地球儀を買ってあげよう。

アインシュタインの相対性理論。
例えば、道行く人とそのそばを走る電車に揺られる人。
両者は、実は違う時間を過ごしてるんだって。
ウル覚えだけどそんな感じ。
としたら、今電話してる日本とエルサレムは、
同じ時間だけどそうじゃない。でも会話は成立してる。
不思議な、奇跡的なめぐり合わせなのかもよ、実は。

つづく

この記事は、30代のテレビ制作者である筆者が、ガザでの戦闘開始から遡ること半年前の2023年春、イスラエルとパレスチナを一人旅したときに書き留めたノンフィクション日記です。
本業では日々のニュースを扱う仕事に関わり、公正中立を是としていますが、この日記では私見や、ともすれば偏見も含まれているかもしれません。
それでも、戦争・紛争のニュースばかりが伝えられるこの地域のリアルを少しでも感じてほしいと、自身の体験や感情をありのままに綴ります。
いつかこの地に平穏が訪れ、旅行先として当たり前の選択肢となる―。
そして、この日記が旅の一助となる日が来ることを信じて。

TVディレクターのおちつかない旅 筆者

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