待ち遠しい
「待ち遠しい。」
それは、ドキドキと、ワクワクと、
その後ろに隠れた"切ない"が混じり合った、放っておけない感情だと思う。
楽しみにしている予定があって、
その日を指折り数えているとき。
会いたい人がいて、だけれどまだ会えなくて、
その人の姿をまぶたの裏に思い描くとき。
好きな物語の続きが読みたくて、
次の連載まで、何度も今月のぶんを読み返しているとき。
それは、じれったくて、
胸の奥がむずむずとするような時間。
だけれど、そうやって何かを待ち焦がれている時間は、
とても幸せな瞬間のかもしれない。
それだけ、胸をつかむものと、出会えているという証拠だから。
年齢を重ねて、いつからか、「待ち遠しい」という気持ちが
以前ほど持てなくなっていることに気付いた。
未来に胸をときめかせるよりも、
あのときに戻って過去を変えられたらと、
後悔にとらわれることのほうが増えた。
この先に、待ち遠しく思えることなんてあるだろうかと。
待っていても楽しいことが降ってくるような魔法はもう、
自分にはかかっていないのだと。
それでも、やっぱり夏が来ると、
不思議なことに、
胸のすみっこに眠っていた「待ち遠しい」の記憶が、
コトリと音をたてて動く。
まぶしい空も、
夕立のあとのにおいも、
夜の窓の外から入ってくるぬるい空気も、
いつかの夏の記憶を連れて、
「ほら、今年は何か待ち遠しい約束は無いの?」と、
尋ねるように、胸をくすぐっていく。
「ないんだよー」と、
ふてくされてタオルケットに寝転がって、
だけど、何かまた新しい出来事が、
この平凡な日常を、くるんと、いとも簡単に
変えてくれることを私はどこかで、待っている。
魔法なんて無いって気付いてしまったけれど、
どこかで、それをまだ待っている。
待ちぼうけで、
「待ち人来ず」のまま、終わるかもしれない夏。
それでも、待たずにはいられない人生なのだ。