彗星とロールケーキ
学生のころ、お互いにいいなと思いながらも、
結局付き合うことのなかった人と、数年ぶりに会うことになった。
大学1年、18歳の頃から続く時系列のなかに、
私たちの記憶は、「線」ではなく「点」で、ぽつぽつと残されている。
それは、お互いに当時別々の恋人がいたから、ということもあるし、立て続けに会うとどちらかの気持ちが大きくなりそうで、もう一方が距離を置く、みたいなことを繰り返していたからでもあった。
「はじめて飲みにいった時は、鍋料理を食べに行ったよねぇたしか」
「そうだ、池袋のね」
「私、あの日に自分が着ていた服をまだ覚えているよ」
髪の毛をお団子にまとめて、お気に入りの古着のワンピースを着て行ったこと。彼が、私の目はきらきらしていると、鍋から立ち上る湯気ごしに言ったこと。あの日のことを、何度も反芻してきたから、記憶のディティールまでもが染み付いている。
随分と年をとった私たちは、見た目だけはいっぱしの大人になって、バーのカウンターに並んで座り、グラスを傾けている。
「うちらは、なんだか彗星みたい」
「一回会ったら、次に接近するのは何年後か分からない、って感じだもんね」
「でも、そうだからこれだけ長い期間、点々と続いているのかも」
「たしかに、あの頃は、10年後にもこうして並んで飲んでるとは想像してなかった」
左手を地球に、右手を彗星にみたてて、スーッと近づけて擦れ違わせてから、彼の顔を見た。
当時から、ずーっと変わらない、切れ長の目。声。笑い方。
何年かおきに会っても、毎回、「あぁ、こうだったなぁ」と思う不思議さ。
脈絡もなく、私の頭のなかに、一本のロールケーキが思い浮かんだ。
きれいなフルーツが包まれた、甘くて美味しいケーキ。
私たちは、彗星のようでもあり、ロールケーキのようでもあるな、と思う。
甘い甘いケーキを、少しずつ、輪切りにして味わっているような。一気に全部食べてしまって、無くなってしまうのがこわいから。私たちはそんな感じなのだきっと。
今日という日の記憶が、またひとつの「点」になり、別々の生活へ戻っていく。
駅へ向かう夜道で、彼はそうっと私の手を握った。
「あーあ、それは反則だ」
と言うと、笑っていた。
その手のひらは、熱くも冷たくもなくて、さらさらとしていた。
思ったよりも華奢な指が、女の子と手を繋いでいるようだった。
改札で別れて、一度振り返って手を振った。
ホームへ下るエスカレーターに吸い込まれる前に、もう一度だけ、振り返ると、まだ彼はこちらを見ていた。
手を振る。さようなら。
まるで恋人のように、見送ってくれるけれど、
でも、きっとこれから先も、恋人にはならないのだ、あの人とは。
「これきりで最後」ではないけれど、「これでまたしばらくは」、のさよなら。
次に彗星が接近するのは、何年後だろうか。