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ゲームで飯を食うこと

「か、金がねえ」
2014年の年末頃、金がないことへの不安と季節的な寒さに震えながら、ぼくは園長先生に頭を下げて保育所を退職した。
職場次第だが、基本的に保育士でメシは食えない。東京都最低時給を積み上げても身の震えも、心の荒廃も止まらない目算があったので、社会改革や待遇改善を叫ぶ気にもならず、目近の現金を掴むことにした。
業界経験がない自分でもゲーム開発会社にはするっと入れた。マネージャーにすぐなれたし、収入も良くなった。この春、もっとやりたいことのために大手へ転職することになった。

新卒以来ぶりの社会人生活は、ゲーム業界の場合一般的な厳しさとは違う。厳しい会社もあるが、全体的にゆるい。きちんと挨拶できること、上座下座や名刺の渡し方のビジネスマナーを知らなくても、例えばいい絵が描ける、いい演出を作れる、そういうスキルがあれば、それ以外まるでダメでもいい。
力の尺度が世間のそれと違う。
裏返せば、そういった環境で病的なまでに合理性や論理性を声高に主張してると、そっち方面の仕事を任せられることになる。知らない人間が多いから、任せたよって話になる。それをこなし続けるうちにぼくはできる奴扱いされるようになった。
営業事務的なとこから、営業そのもの、イラストや演出の監修、アート仕様策定やワークフロー作りなどできるようになった。
絵描けなくても、コード書けなくてもゲームの仕事はできる。

金がほしかったのが最初だったが、業界を続けるのはゲームが好きだからだ。開発現場というか。
知らないことが多かったので、インプットとしてゲームはめちゃくちゃして、アニメは毎期数本みながら、過去の有名アニメをDVDで借りてみつづけて、元々好きな漫画も読みつづけた。技術書もたくさん読んだ。
○○みたいな、の○○をいかに引き出しから早く取り出せるかがぼくの関わる仕事ではとても大事で、共通言語としての過去のゲーム、アニメ、漫画は仕事の種になる。
そのためにここ数年は寝不足が続いた。

うち、ゲームが好きだっちゃ。心から言える。うち、ゲームの仕事しながらお金もらえたらもっと嬉しいっちゃ。そうも言える。
ラムちゃん語は新潟弁がベースなので、自然に出てきた言葉。

真に自分が作りたいようなゲーム作るにはまだ程遠いが、三十過ぎからでもゲーム業界では成果を出せる。もちろん、新卒からやってるやつと比べたらえらいビハインドがついているが、この先いくらでも巻けると思う。

音楽とどっちが大事と言われると困る。少なくともどっちか選ばなくてはいけないほどこの世が狭い世界なら、ぼくはお釈迦様の掌に抱かれることを選ぶ。
仕事は安定してきたので、今年からウェイトは変えようと思った。そんぐらい頑張らないと、マジで死にそうな4年前だったんだ(MS4)。

金がねえと心がやせる。心がやせると口ずさむ歌がなくなる。
今でもそう思っている。
他人は知らねえ。

やりたいことは曲げずにやりてえ。やりたいことは最後までやり通してえ。働くうちにその気持ちが強くなり、アウトプットすべてに関わる性根や生きるスタンスはすこし変わった。

死ぬまで叩き込めExcel、シート変えても貫けよ小計、生き方はショーケース、晒しても恥じない感じです、イエスイエスは今のうち、断ることは断って押印、しないのも仕事のうちだしコーリング、きても無視してテキストファイルにいくつも書き連ねるフレバーテキスト、選ばれるのはひとつだけでそれ決めれるのはできる人、それはクレバーとか言うのは寒いだろさすがに、雪国から憂き身で遠くに、かわせばいいものも全身で受け止めて漸進、おれは売ればいいものほど売らずに血肉に変えた

おあとがよろしいようで…

#ゲーム #仕事

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