片野ゆか『セカンドキャリア 引退競走馬をめぐる旅』集英社

 引退したサラブレッドの大半が余生を送れないという現実について、4年間の取材を通して現状とその打開に向けた動きが丹念が拾われている良書。
 競馬ファン目線でいえば、どうしても著名馬の行方の話ばかり気にしてしまうところ、本書で取り上げられている馬は中央未勝利レベルの馬が殆どで、優勝劣敗の世界から脱落した者の行方に目を向けるのは、競馬に縁のなかった著者としては自然な流れだろうか。
 例えばヴェルサイユリゾートファームやAERUの話なんかはまったく出てこない。
 それなりに名のある馬でも最後は行方知れずという事例もままあるのが現実なので、近年の動向で言えば、知名度により観光やグッズ販売で稼いでいるような引退馬の活動の側に触れてないのは片手落ちな感じもある。(余計に活動自体への毀誉褒貶が激しかったりもするし)

 例外的に本書で登場する著名馬といえば、ナイスネイチャで、当然ウマ娘ブームで引退馬協会への寄付が跳ね上がった話が取り上げられている。
 この話題が出るのは最後の第8章で、繁殖馬になれば生涯飼育されると思っていた著者は、引退馬協会の沼田さんに繁殖馬やGI勝ちした種牡馬も最後まで飼育されているわけではないと聞かされて、
 「せめて長く競馬業界に貢献した馬の余生だけでも、業界内で支えることはできないのだろうか…?」と書く。
 正直「えー、ここまでこれだけ取材してその認識なの」と思ってしまったのだが、競馬に興味がなかったが故に、逆に著名馬の行く末については盲点になったということなのか。

 帯に推薦文を書いている角居勝彦調教師が定年前に引退を発表したのには当時大きな衝撃を受けたんですが(引退馬支援の話よりも、天理教の仕事を継ぐ話題で…)師の引退競走馬支援の取り組みについて、調教師時代から引退後まで、NPO法人の活動も含めて取材して紹介されている。
 角居先生が輪島市出身というのも今更知ったのだけど、奥能登・馬プロジェクトとして、珠洲市に開設したホースパークも大きく取り上げられており、能登地震の後だけに読んでてドキリとしてしまった。

 本筋ともいえる引退競走馬のセカンドキャリアとして、心身ともに消耗しきった引退馬がリトレーニングにより乗馬や馬術の競技馬として再生し…という流れについては納得なのだが、引退競走馬の活動としてもう一つよく聞くのがホースセラピー。本書でも複数の事例が取り上げられているんだが、最終的には「よくわからないけど馬に触れ合うと元気が出る」みたいな話になってしまう。
 動物関係のライターの著者が「犬猫関係の長時間取材はいくら可愛くてもグッタリするけど、馬は何故か平気(大意)」と書いているのが一番シンプルで説得力があるのかも。一番良いのは自分も直接馬と触れ合ってみることかもしれないが、昔東京競馬場で体験乗馬したくらいである。
 本書でも繰り返し出てくるのは、現代日本の生活圏で馬と触れあうことの困難、馬と触れ合う場所を造ることの困難さで、競馬関係者のお膝元の栗東市でさえホースセラピーの事業所の開設にも相当な逆風があったという。

 最終章では、引退競走馬支援にいよいよ本腰を入れたJRAの職員からの「お金はあります」という発言に、資金面で苦しむ他の動物愛護活動と比して「なんて新鮮な言葉なのだろう」と著者が述べているのが印象深い。
 一方でJRAからしても、引退馬支援最大の課題は「圧倒的に馬への理解が足りない」という点であって、かつての九十万頭から七万頭まで飼育数が減り、現代日本の生活から馬の姿が消えてしまっていることにある。
 「この七万頭にプラス三、四万頭分の社会的ニーズや居場所を確保できれば、引退競走馬のセカンドキャリアや余生を見守ることは可能と考えています。」とのこと。
 「現代の日本人は馬から遠ざかるあまり、馬を特別視しすぎている」と著者もまとめているし、引退馬協会の沼田理事も「引退競走馬のために何かやりたいと思うなら、まずはリアルな馬とふれあうことが大切」と訴えているそうだ。

 というわけで本書読了直後にtwitterで「ウマ娘の同人会場でリアル馬との交流コーナーに長蛇の列が…」という話題が流れてきたのは、ちょっと良いなと思いました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?