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30分で書く嘘日記②毛

2024年11月11日

仕事仲間になってくれるアルパカを探しに会場へ行った。会場には毛量の多い者が集まっていて、わたあめの中を抜けるように毛玉の間を縫って進んだ。大きい者から小さい者までいた。見覚えのない者はおそらくイエティだろう。
アルパカのコーナーには一匹だけ毛の短いものがいた。
「毛を刈ったばかりなんだよ」湿り気の多そうな舌をちらちら光らせながら立会人の老人が言った。「真っ新な状態で仲間を探したいという、本人の希望でね」
そのアルパカを見上げると目が合った。無口なアルパカだったが、新米の職人ですと言うと鼻を鳴らした。少しいけすかない気もしたが、プロ意識のあるアルパカは時々このように鼻を鳴らすのを知っていた。話はまとまったので、一緒に帰った。

同居人に紹介すると「らくだじゃないか」と言われた。
「らくだですか?」と訊くとアルパカは「らくだですが」と答えた。
よく見るとこぶがあり確かにらくだだった。私は細かいことがあまり気に留まらないたちなのだ。
「どうしてさっき言ってくれなかったの?」
「あの立会人のところを早く離れたかったので」
毛を扱う職人になる計画だったので頭を抱えた。まつ毛を使うことは可能だろうかと一瞬考えたが、非常に失礼なことなので口には出さなかった。

この夏まで牧場で10年働いていた。職人になろうと思って仕事をやめた。牧場は体を動かす力仕事だったので、そろそろ腰を据えるタイプの力仕事をしたいと思っていた。牧場も職人も、ものに触れる仕事であるというのが大事なことだった。(たとえばパソコンの前に一日中座る仕事はものに触れているとは言えない。指だけじゃなく体があることさえ忘れる。)

同居人とらくだと3人でホットサングリアを飲んだ。らくだは飲むと案外気のいいやつだった。
果たして私は職人になれるのだろうか。
よく分からない。今日はもう寝て、明日考えることにした。

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