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昔語 | 「紙女」

 むかしむかし。奥州の雪深い寒村に太助たすけという木こりの若者がいた。
 ある秋の夕刻、山仕事を終えた太助は下山時に足を怪我し、帰りの峠道で動けなくなった。そこに色白で顔容かおかたち美しい人形のような女が現れた。峠道から少し森に入った女の小屋で手当を受けた太助は無事に村に帰ることができた。
 足が回復した太助は礼を言うため女の家を再び訪ねた。女は名はハルといった。それから太助は山仕事の帰りには必ずハルの小屋を訪ねた。はじめは無口だったハルも次第に打ち解け、あるとき太助にこう言った。

「燃えるように恋し、永遠に愛したい」

 太助はその相手が自分だったらと夢想した。


 ある日、太助は村で噂話を耳にした。峠の小屋に体が紙でできた不老不死の『紙女かみおんな』が住んでいて、男を惑わせ呪い殺すのだという。
 翌日、太助はハルに尋ねる。きみが紙女なのかと。ハルはそれをあっさり認めて言った。

「呪い殺すことはありません。でももう会うのはやめましょう。わざわいがふりかかる前に」
 
 太助はハルの言葉を受け入れた。
 しかしハルを忘れようとすればするほど太助はハルへの想いを募らせた。想いの重みで胸が潰れそうだった。

 ある月の夜、太助は体に違和感を覚えた。水に触る手がふやけ、体も張り子のように軽い。まさかと思った太助はハルの元に馳せ、問い詰める。

「あなたは『紙男かみおとこ』になった」

 と、ハルは言った。

「紙の呪いを受けた者に恋心を抱くと呪いが乗り移るのです。おかげで私は人間に戻れました。これからはあなたが紙男として永遠を生きるのです」 

 騙されたと知った太助はハルを罵った。ハルは目を伏せ、太助に背を向けた。



 
 初雪が降りる頃、村では紙女を退治する計画が進んでいた。ハルはもう紙女ではないが、おれを騙した女など退治されてしまえばいい。太助はそう思った。

 しんしんと降る雪に忍び、村の者たちは真夜中にハルの小屋に火を放つ。小屋は炎に包まれた。
 その様子を木陰から見ていた太助は気がつくと小屋に駆けこんでいた。
 燃え盛る炎に怯えるハル。太助は叫ぶ。

「早く逃げろ」
「あなたこそ。紙の体に火が燃え移ってしまいます」

 ハルは太助に駆け寄り抱きつく。太助はハルの体に重みがないことに気づく。

「人間に戻ったのではないのか?」

 ハルはかぶりを振る。

「呪いは恋心を抱いた者に移ります。それ故、互いに想い合った場合、呪いは行き場をなくして二人の体に残り続けてしまうのです」

 人間に戻れなかった哀れな紙男と紙女。
 でもそうか、と太助は思う。

「だったらこのまま、二人で永遠を生きよう」

 「はい」と返事したハルの頬が涙でふやける。
 刹那、小屋は天井から崩れ落ち激しく燃え上がった。
 

 
 焼跡に二人の痕跡は無かった。

 紙男と紙女は消え去った。

 いつしか人々の記憶からも消え去った。

 二人の最期がどうなったのか。

 誰一人として知る者はなかった。




おしまい

(1,179字)


サポートいただけたら、デスクワーク、子守、加齢で傷んできた腰の鍼灸治療費にあてたいと思います。