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短編 | 「雪ウサギ」(1,583字)
12月も半ばを過ぎ、いよいよ本格的な積雪の季節を迎えた。仕事を終えたメグミは職場から長靴を履いて駅まで歩き、駅のホームでコートの雪を払って電車に乗り込んだ。
田舎の路線は夜9時を過ぎると乗客がグッと減る。車両は時間に関係なくボックスシートが設置されているもので、朝のラッシュ時はなかなか座れないが、遅い時間の電車では自分の好きなボックスを選んで座ることができる。
その日は金曜日で、一杯ひっかけてきたサラリーマンや大学生らしき若者たちで電車内は程々に混雑していた。それでも都会と違って座れないということはない。メグミは車内を見まわし、外国人らしき若い女性二人が座るボックス席を選んだ。その二人は窓側の席に向かい合って座っていたので、メグミは通路側の席に座った。
メグミはカバンからスマートフォンを取り出し、LINEをチェックすると大学生の次男から生活費に関する事務的な連絡が届いていた。次男へ返信をしてからスマートフォンで電子書籍を開く。読みかけの小説を表示し、スワイプでページをめくる。しばらく本の文字を追い続けていてが、隣に座っていた二人が楽しそうに会話をしていたので少し耳を傾けてみた。
顔立ちや言葉からすると、東南アジアの人たちかな?
最近は人手不足で田舎の工場でも外国人労働者を雇っていて、メグミの住む町でも外国人を見ることが珍しいことではなくなった。この子たちも普段は工場で働いていて、今日は休日だったのかもしれない。
彼女たちの話す言葉は英語ではなかった。会社で英語を使う関係で、メグミは英語なら不自由なく聞き取ることができたが、彼女たちの話す言葉は全く理解できなかった。
彼女たちはいくつぐらいだろうか。声のトーンや服装から、大学生の次男と同じくらいだろうと思った。二人は聞きなれない不思議な発音の言葉で身振り手振りを交えて会話に花を咲かせているようだ。
そういえば、自分にもこんな時があったっけ。メグミは自分の大学時代を思い出していた。
横浜出身のメグミは、結婚して夫の実家のある田舎に引っ越してくるまで東京の外資系企業で働いていた。大学も都内の私立大に通っていて、同じ高校出身のナツコといつも二人、他愛もない話をしながら電車で通学していた。ナツコと離ればなれになった今でも頻繁に連絡は取りあっている。
大学時代の会話なんて、食べ物か恋愛の話しかしてなかったな。
スマートフォンに目を向けながらも、メグミの気持ちはその頃の記憶の世界に入り込んでいた。当時のナツコの顔や服装もリアルにイメージできた。
ふと、現実に戻る。
隣の二人の女の子たちは、時々笑い声をあげるようになっていた。メグミは斜向かいに座っていた女の子の顔を見つめると、その顔がナツコに見えた。そう思った瞬間から、なぜか彼女たちの話の内容が理解できるようになった気がした。
それは本当に不思議な感覚だった。
彼女たちの表情や言葉の抑揚から、メグミは彼女たちの心情が理解できた。
彼女たちの笑いに呼応するように、メグミは自分も笑顔になっていたことに気が付く。彼女たちもメグミの笑顔を自然に受け入れているように見えた。
メグミが降りる駅の一つ前の駅で彼女たちは電車を降りるようだ。
「スミマセン、オリマス」
隣に座っていた女の子がメグミに声をかけた。メグミは黙って席を立ち、彼女たちに道を開けた。二人は申し訳なさそうにメグミの前を通り過ぎた。
席に座りなおしたメグミは、彼女たちの後姿を見ながら心の中で「ありがとう、楽しかったよ。」と呟いた。それに反応するかのように、彼女たちは電車を降りる直前にメグミを振り返り、ふっと優しい笑顔を見せて手を振った。
電車を降りた二人はウサギみたいな軽い足取りで雪の積もったホームを駆け抜け、光あふれる駅舎の改札口に吸い込まれるように消えていった。
おしまい
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