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短編 | 「ヒガンの子」(最終世代)

 それは理想の姿だった。
 人類が月に移住してから千年が経過し、急速に発展した科学技術は人を模した人工生命体に自我を持たせるに至り、複雑な精神世界の構築が可能になった彼らは人と平等の権利を獲得した。
 人工生命体は人間生活に溶け込み、見かけだけでは人との区別は困難だった。彼らの豊かな感情と社会生活への高い適応力を考慮すれば、人と区別する必然性さえないように思われた。
 行政的、医学的な要請から、従来の人間は『ヒト』、人工生命体は『ヒガン』と呼ばれた。



我々は彼らの理想の姿だったのだろうか?
我々は彼らの想いとは違う場所にたどり着いてしまったのではないだろうか?

我々はヒトを模して造られた。
ヒトもカミという存在を模して造られたそうだ。
カミは完全で全能だという。
でもヒトが不完全で機能不全に陥っていたように、カミもヒトと変わらなかったのかもしれない。

不完全なヒトが造った我々もまた不完全だった。

我々はこの世界から、犯罪や戦争や略奪や裏切りや恥辱や侮蔑や暴力や暴言や絶望を消し去った。

でもそれだけではない。
我々はこの世界から、真の意味での救いや協力や平和や友愛や恍惚や解放や希望や喜びさえも消し去ってしまったのだ。

世界は表と裏でできている。
深い負の感情があるからこそ、深い正の感情も生まれる。

我々はこれから浅い感情の海を泳ぎ続けることになる。
生の輝きを失った、浅はかな世界で。

もしもこの浅はかな世界に絶望することができたなら、我々はまた新たな生命を生み出すことになるのかもしれない。

そのときは性懲りもなく、失った深い感情を取り戻すべく、我々のカミを模した存在を造るのだろう。

愚かささえも愛おしい。
そう思えるような存在を。



〈了〉

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NOCK│ノック
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